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2.海の匂い
「湊カオル。茶髪の男の子だよ」
あいつも、かおるって名前なんだ。
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「はい皆静かに!今日は転校生が来ています。山田さん、自己紹介して」
ザワついた教室を先生が大きな声で沈める。すると皆はこっちを見て、またザワザワとしだした。
「山田薫です。東京から引っ越して来ました。えっと、前の中学ではバレーボールをやっていました。…よろしくお願いします」
在り来りな自己紹介。
だけど皆は大きな拍手をしてくれた。緊張していて全然気が付かなかったけど、窓際の席に昨日挨拶に来てくれたすみれが座っていた。
すみれが小さく微笑んで手を振ったから、私も手を振り返した。
「はいよろしくね。じゃあー、一番後ろ。空いてる席あるから今日はそこ座っちゃって」
先生が指定した席はすみれの後ろの席だった。
腰を下ろすと、すみれが後ろを向いて、「よろしくね」と一言。私もよろしくと返し、教室を見渡す。
以前居た東京の学校とは違う、木目の古びた後者。潮風で窓枠が少し錆びていて、その窓からは綺麗な海が見えた。
(綺麗…)
窓の外の海に見惚れていると、「おい」と一言。声がした方向に目を向けると、見覚えのある茶髪があった。
湊カオル。
昨日海辺で出会った青年だ。
「昨日の」
湊はそう言うと、さっきまで空いていた私の隣の席に座った。
「昨日会ったよね!今日から転入してきたの。よろしくね」
来んじゃねーよとか言われると思ったけど、湊は「うん」と言って鞄から教科書を取り出し始めた。
(あ、まだ教科書もらってないや…)
授業開始2分前、教科書が無いことに気がついた。
学級委員がみんなに着席を呼びかける。
さっきまで友達と話していた湊カオルも、私の隣の席へ座る。
「カオル…?教科書見せてくれない?」
すると湊カオルはこっちを向いて笑った。
「……カオルなんて呼ぶやついないって。それに、お前だってカオルじゃん」
「じゃあ、なんて呼んだらいいの」
少し恥ずかしくなって、そっぽを向いた。
「いいよ、そのままで」
「…ややこしいから、湊って呼ぶよ」
「…あっそ」
湊はそのあと少し私の方を見て笑って、私の方へ机をくっ付け、教科書を置いてくれた。
少し距離が近くて、湊からは海の匂いがした。
海の匂い。
この街に来て初めて知った匂い。
いつも湊は海の匂いがする。
今でも、潮風が吹くと湊を思い出すよ。