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海月は淡い木漏れ日に包まれて。Ⅱ
これはきっと夢だ。そうに違いない。私の目の前に人がいる。けれど、いつものように怖くない。なぜだろうか、目の前にいる《《彼》》は見たことがあるようで、いつも傍にいる気がする。優しい笑みを浮かべる《《彼》》はゆっくりと何もない世界で私に抱きついた。そして私の顎にそっと手を添えて、彼は口を私の口に近づけた。何も感じないこの世界で、何故かドキドキと胸が高まっていくばかりだった。彼の口が私の口と接触する寸前、世界は一気に霧で覆われた。
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目が覚めると、薄っすらと透ける白いカーテンをめくって、いつもの空を見た。今日は曇りで鳥や虫の声が聞こえない。寝ぼけた目を起こすためにパンパンと両手で頬を叩いた。ずっと外に出ていないため、体力も落ちて、すぐに息切れするだろうと窓から見える歩く猫を見ながら思った。ベット横にある机を見ると、メモとホットサンドが置いてあった。メモには、『ゆっくり噛んで食べてね。』と猫子さんらしい字で書いてあった。窓を開き、風がゆったりと流れ込んでくる外を見ながらホットサンドを銜えた。中身はトマトとレタスとベーコンとアボカド。ジューシーなトマトとシャキシャキとしたみずみずしいレタス、ほんのりベーコンの味を引き立てるアボカドはサクサクした食パンとマッチしている。何も考えることがないのでただただモグモグと食べていると、スライドドアが開く音がした。振り返ると、狐の顔をしたいつもの彼が居た。想生くんは右手を後ろに隠し、私に寄ってきた。
「おはよう、海月。今日はいつもより起きるのが遅かったんだね。」
爽やかなイトおしく感じる想生くんの声を聞いて、また日が経ったんだなと感じた。
「なんかよく覚えてないんだけど、変な夢を見ていた気がする。…そういえば、想生くんはもう朝ごはん食べたの?」
「うん。30分ぐらい前にね。」
そういうと私が食べていたホットサンドを指で指し、顔を私に近づけた。
「海月と一緒のを食べたんだ。」
さらに魅力的な声で言う想生くんはなんだか普通ではないと思う。少し胸の高鳴りを感じながらホットサンドの最後の欠片を頬張ると、想生くんは珍しい事を聞いてきた。
「海月は人が怖いんでしょ?」
うんうんと口の中をいっぱいにして頷いた。
「だったら、ここに一緒に行かない?」
すると、さっきまで後ろに隠していた右手を出し、握っていた手紙を開けた。そこには招待状と達筆で書かれた中くらいの紙2枚が入っていた。
「ここならいろんな顔の方しかいないし、丁度、ペアで来てくださいっていう題だったからね。まぁ、社交ダンスの練習をしなきゃいけないんだけど。日は1ヵ月後だし病院のすぐ近くの会場だから、どう?」
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想生は仮面舞踏会の仮面をいいことに考え、少しでも海月に外の世界を見せてあげたい一心で誘ったのだ。
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「…想生くんが一緒なら行ってもいいかな。」
照れ臭そうに言った私を見て、想生くんは「じゃあ、早速社交ダンスの練習をしようか!」と嬉しそうに言った。想生くんが喜んでくれるなら、社交ダンスの練習を頑張れそうだ―。
想生くんに舞踏会に誘われてから3週間が経った。あれからは毎日社交ダンスの練習をしている。基本は殆どできるようになれた。あとは…
「あぁっ」
ズテンと転ぶ私を心配そうに寄ってくる猫子さんとパートナーの想生くん。ワルツだけは本当にできなかった。男性に背中を抑えてもらってクルクルと回る技なんだけど、どうも抑えられるのに緊張してしまって上手くできない。パートナーが想生くんなのがなおさらかもしれないが。
「海月、緊張してる?」
「え、し、してないけど…」
わざと目を逸らす私を見て想生くんは言った。
「なんか拒否反応が出てるんだよね。なんていうか…僕の事嫌い?」
「そ、そんなこと絶対ない!」
フフと笑う想生くんは私の背中をグイッと近づけて、私の額に優しく口付けた。その瞬間大きな心臓の音がバクンと一回鳴った。この前にもあった、よくわからない気持ち。この気持ちがわからないってだけで胸が締め付けられそうだった。
「じゃあもっとなれるように頑張ろっか。」
この後も、引き続き練習したが、あの口付けが頭を何度も横切って全く覚えていない。そして、舞踏会前、ドレスを病院側が借りてくれてので、早速試着していた。
私が部屋で想生くんの着替えを待っていると、想生くんはドア越しに言った。
「これを着て、海月が気に入ってくれたら《《惚れて》》くれる?」
私は想生くんが何を言っているのかよく理解できなかった。しかし、その言葉が後の重要な言葉になるとは考えてもいなかった。
今回は想生くんが胸キュンなことばかりしてましたね~今後の海月と想生にどんなことが起きるのか楽しみですっ(作者も⁈)
次回もどうぞよろしくお願いします。