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夏休みの間だけの自由
バリ、長編
「おねーさん何やってんの?」
やっぱり話しかけられたな。
そりゃそうだ。
自分の部屋に溜め込んでいたゴミを
一斉にマンションのゴミ捨て場に捨てている。
量は自分でもわからないくらいのゴミ袋だ。
ゴミ袋から13点の数学のテストが透けて見えていた。
ゴミ袋を、コンクリートでできたゴミ捨て場に放り投げた。
すると、駐車場全体にドサンッと音が響いた。
後ろを見ると、小5くらいの小さい子供がいた。
生意気なガキだな、と思いながら話しかけた。
「あんたこそ何してんのよ、今は朝の10時だけど。学校は。」
「行ってない。」
ガキはボロボロの自転車のハンドルを握りながら答えた。
行ってない?今日は学校休みか?
いや違う、今日は火曜日だ。
私は休み(サボりのね。)の連絡を入れたし。
特に祝日などでもない。
普通の七月だ。
「行ってない?なんで行ってないのよ。」
「うるせーな、関係ないだろ。」
なんだこのガキは。
自分から行ってないって言っておいて、
聞いたらキレるって、なんじゃそりゃ。
舐めやがって、クソガキ。
高校生の恐ろしさ、見せてやる。
私はガキの前に立った。
「てめえこそうるせーぞコラ、チビ。高校生舐めんじゃねえぞ。」
低く唸るように言った。
しまった、まずい。
ガキが泣きそうになった。
親や先生にチクられたらたまったもんじゃない。
「わかった、ごめんって。」
私は謝ったが、ガキは今にも泣きそうな顔をした。
まずいまずいまずい。
「ごめん、ほんとにごめんって。なんか買ってあげる。それで許して。何買って欲しい?」
私は怖くなって早口で聞いた。
ガキが口を開いた。
「…アイス。セブンティーンアイス。」
「セブンティーンアイスね。何味がいい。」
「ぶどう。」
「了解。ここで待ってて。親にチクらないでよ、奢りなんだから。」
私は急いで自分の家に戻った。
「おかえりぃ、遅かったけどどうしたのよ。」
「別に。ちょっと買い物行ってくる。」
「気をつけてよー。」
私は財布を取って、玄関から出た。
私は最高に不機嫌だった。
なんであんなガキのために、私がわざわざお金を出してアイス買わなきゃなんないのよ。
そもそも、セブンティーンアイスの自販機はどこよ。
見たことないわよ。
私はめんどくさくなったので、
近所のスーパーで安いぶどうの棒アイスを買った。
ついでに私の分のチョコチップも。
私は駐車場に着いて、ガキを探した。
いた。
ゴミ捨て場のコンクリートに寄りかかっている。
素直にいるなんて、見直したぞ、ガキ。
「おーい、買ってきたよ。」
ガキは眠たそうな顔をしていたが、
私に呼ばれて、ハッと目を開けた。
「セブンティーンアイスの自販機見当たらなかったからさ、ぶどうの棒アイス買ってきた。これでいい?」
ガキは不満そうな顔をした。
「ほんとに探した?」
「探しましたよぉ、色んなところ。」
ガキは呆れた顔をした。
私はムカついた。
「あのねぇ、買ってきてあげてんだからね?教えなかったあんたが悪いんだよ。これで我慢してよね。」
私はガキの太ももに棒アイスの袋を当てた。
「冷たっ!」
ガキは尻餅をついた。
それはそれは綺麗な尻餅なつき方だったので、私は大笑いをした。
「アッハッハ、面白い反応するじゃん。はぁー面白い。」
ガキは頬を膨らませた。
顔は真っ赤になっていた。
怒りで顔が沸騰しているのか、恥ずかしさで赤面しているのか。
「ほら、アイス。あー面白い。ねぇ、もっかいやってよ。」
「うるさい。」
なんとでもいうがいい。
だって私はあなたの恥ずかしい場面を見たからね。
いつだって引き出せるからね。
私は買い物袋からチョコチップアイスを取り出した。
「美味しい。」
ガキは小さく呟いた。
「ねえ、あんたなんて名前なの?」
「浅野聡一。」
「へぇー、聡一ね。かっこいい名前じゃん。何年生?」
「中1。」
私は驚いた。
確かに見た目で人を判断してはいけないとよく言うが、
聡一はとても背が低かった。
「わかってる、どうせ俺のこと小学生だと思ってたんだろ。」
正解です。思っていました。
「気にしてるんだよな、背が低いの。145㎝しかないんだよ。」
あぁ、だから聡一はチビと言った時に、
泣きそうになったんだね。
「大丈夫だよ、聡一みたいな子は中3くらいからめっちゃデカくなるから。私もそうだったし。」
聡一は少し自信を取り戻したような顔をした。
「おねーさんはなんて名前なの。」
「林美莉花、高校一年生。」
聡一は少し考え込んだ顔をした。
「高校生なのに、バカっぽい顔してる。」
「は?」
なんだこのクソガキは。
少しでも聡一に心を開いた私がバカだった。
こいつはクソだ。
「ちょっと、学校ちゃんと行ってるから。頭良いし。あんたと違ってちゃーんと授業を受けてんのよ。」
あー、なんて嘘つきだ。
私は高校の中でも特別バカな人間だ。
数学の点数が物語っている。
授業なんか受けてない。
毎回寝ているか妄想している。
聡一は黙った。
「聡一は、なんで学校行ってないのよ。」
聡一はもっと黙り込んだあと、
口を開いた。
「小学校の頃からいじめられてたから、私立の中学に入ったんだけど。特別頭がいいわけでもなかったから、勉強追いつかないし、馴染めないんだ。今は学校行ってない。」
お前もバカなんじゃないか。どの口が言ってるんだ。聡一のアホ。
…とは言えなかった。
いじめられていた、という言葉だけが私の中でモヤモヤしていた。
「ふーん、親はどうしてんのよ。ずっとここにいるけど。それに、自転車持ってどこ行くつもりだったの。」
「親いつもいないから…。お父さんは仕事で滅多に帰らないし、お母さんは一日中遊びに行っちゃうから…。」
なんて複雑な家庭環境だ。
聡一、お前大丈夫か。
聡一の言葉遣いや態度を正す大人がいないから、態度がデカかったり敬語を使わないんだね。
「ご飯どうしてんのよ。買ってんの?」
「うん。コンビニとか行って買う。」
聡一はきっとセブンティーンアイスが食べたくても、自分の必要最低限の食料しか買わなかったんだ。
その日を生きるために。
聡一は話していくたびに疲れた顔を見せた。
聡一はハァとため息をついて、駐車場のアスファルトに寝そべった。
「家にも学校にも居場所がない。親は俺のこと諦めてるし、先生から無断欠席の連絡も途絶えてきてるし。もう俺は誰からも必要とされなくなっちゃった。」
聡一は鼻をすすった。
そんな可哀想な聡一が、たまらなく可愛くて、愛おしいと思った。
「ねぇ、聡一んち入れてよ。ここあっつい。」
可哀想な聡一の家が見たかった。
聡一の物で溢れているのかな。
それとも聡一は綺麗に整頓しているのか。
「いいけど、部屋汚いよ。」
「全然問題なし。行きましょうか。」
二人は立ち上がって、聡一の部屋に向かった。
「何が汚いだよ、全然綺麗じゃん。」
聡一がやってんのか親がやってんのか分からないけど、全然部屋は綺麗だった。
「てかここも暑いし。早くクーラーつけて。」
私は床にあぐらをかいて座った。
すると、床に落ちていた聡一の何かしらのノートを見つけた。
聡一はお茶を淹れてる。
私は面白半分でノートを開いた。
開くと中には、必要な物、費用、電車の路線などが綺麗にまとめられている。
旅行にでも行くのか?
間のページを見ていたので、
最初のページに飛んだ。
そこには、『家出』と書かれていた。
「え?」
私は何度もその言葉を反芻した。
確かに家出と書かれている。
どういうことだ?
「あー…。」
後ろを見ると、聡一が諦めたような顔をしていた。
「何これ…どういうこと?」
聡一は机の上にお茶を置いた。
「こんなとこ…出ていきたくてさ。親も嫌いだし、この街も嫌い。出てってやろうと思ってた。」
聡一は全てを白状した。
聡一は、俯いて暗い表情をしていた。
ああ、聡一。
そんな顔したら、聡一のこといじめちゃうかもしんないじゃん。
「聡一…。」
私は決めた。
「聡一、夏休みいつ?」
「え…7月20日から…。」
よし、大丈夫だ。
「夏休み、家出しよう。」
私は聡一に会ってから、学校に行くのをやめた。
理由は、聡一に会いたかったから。
いつも登校時間に家を出て学校に行かず、
聡一の家に通った。
聡一の部屋のピンポンを押した。
「聡一ぃ、きたよぉー。」
そういうと、無言でドアが開いた。
ドアが開くと、ドアノブを弱々しく握った聡一がいた。
「ごめん…今日は帰って。」
声も弱々しいなんて。
お前は女の子か?聡子か?
実際、本当に聡一は女の子っぽかった。
髪を切っていないのか、顎の高さまであるのっぺりしてる、でもサラサラな長い髪。
手は小さくて、まつ毛が長い。
可愛い子だ、本当に。
「どうしたの…、なんかあった?」
「今日はお母さんいるから…。今寝てるから、今のうちに帰って。」
そうか、聡一のお母さんか。
どんな人か見たかったけど、
遊びに行っている、という人だから。
きっと会ったら怒るか、
酒で酔っているなら、欧米のおじさんのように陽気に向かい入れてくれるのか。
「ふうん、そっか。じゃあね。」
「ごめん、じゃあね。」
そういうと、聡一は静かにドアを閉めた。
「しゃーない、学校行くか。」
私は放り投げていたリュックを拾って、
学校に向かった。
10時だった。
「あ、美莉花ぁ。どうしたのぉ。」
休み時間に教室に入りたかったので、
時間を見計らって入った。
私の友達がわーっと私の周りを囲った。
「ごめーん、サボってた。」
「サボりぃ!?石原にいっちゃおー。」
言えばいいさ。
私は中1の友達がいてね、すっごく可愛いんだからね。
その子といつも遊んでんだから。
「あははー、石原はなんか言ってた?」
「林が来たら殴るって。あんた殴られちゃうじゃん。」
「えー、やだよぉ。」
私は席に座ってリュックの中身を出そうとしたが、
外に出て遊ぶだけなので、いつもリュックの中身は空にしていた。
なので筆箱も何もない。
「あ、りんりん〜、シャーペンと消しゴム貸してー。筆箱忘れた。」
「何しに来たのよ。はい、どーぞ。」
「はーい、席つけよー。」
そういうと、石原が出てきた。
次は数学か。
「おお、林。お前無断欠席だぞ。内申点下げるからな。」
「はーい、ごめんなさい〜。」
そして、授業が始まった。
あぁ、なんだこの方程式は。
石原はさっきから何を言ってんだ。
教科書は知的な話し方をするから見ても全くわからない。
黒板は石原の汚い文字で埋まっている。
全くもって集中ができない。
それも相まって、私の頭の中は聡一でいっぱいだった。
聡一と夏休みに家出をするのか。
別にいいな、私も守るものなんてない。
一緒に家出をしよう。
どこに行こうか。
自然と笑みが溢れる。
すると、教室中に笑い声が響いた。
「おい、林!何ニタニタしてんだ。」
石原は私を怒鳴りつけた。
私は妄想で何も聞こえていなかったので、
きっと石原に注意されたのに聞こえなかったんだ。
「林、なんでニヤニヤしてるか言え。」
「えーと…。」
聡一は私だけのものだ。
誰にも渡すものか。
「イッテQのことを考えてました…。」
「おーい、美莉花。」
聞き慣れた声だ。
「勇樹。久しぶり。」
「美莉花さー、最近学校来てなかっただろ。」
「めんどくさいんだもーん。素因数分解とか将来何に使うわけ?」
勇樹は八重歯を出して笑った。
勇樹のその笑顔が好きだから、付き合ったんだよ。
いい笑顔だよな。笑うだけで絵になっちゃう。
私の青春(アオハルって読むからね。セイシュンなんて読むなよ。)は、勇樹で始まって、勇樹で終わる。
絶対に勇樹と別れるものか。
勇樹が浮気をしていたら、
その女をパン粉でまぶして、熊一頭入る鍋に油をたくさん入れて、その中に入れてじーっくり揚げてやる。
そしてその女を、勇樹にふるまってあげるのだ。
「次はお前の番だぞ。」と言ってやる。
でも勇樹は簡単に女を変える人ではないので、
そんなことをする羽目にはならない。
そもそも、そんな鍋あるか。(そういう問題じゃないけどね。)
「美莉花、じゃあな。」
あぁ、もうそんな時間か。
勇樹と話していると、すぐに時間が経ってしまう。
「じゃねー、勇樹。」
「明日は学校来いよ。」
そういうと、勇樹はゆっくりと歩いていってしまった。
学校…。聡一…。
私は二つに揺れ動いた。
守るものはないと言ったけど、
私には勇樹がいるし。
…まあいっか。
夏休みの間は逃避行しちゃえばいいし。
それで、夏休み終わったら帰ってきてさ。
親と勇樹に怒られればいいじゃん。
聡一だって、きっと家出したら家が恋しくなるでしょ、きっと。
まだ中1だもんね。
私も学校なんて知らない。
勉強できないし。
勇樹は来なくても怒んないよ。
そう自分に言い聞かせながら帰った帰り道、
靴紐が解けて転んだ。
膝を見たら、血が滲んだ。
そこに私の涙がこぼれて、染みて痛かった。
また、聡一の家に行った。
すると、聡一の部屋から男の人と女の人が歩いて出てきた。
…あれ?
女の人は、聡一が言っていたとおり、
金髪で頭のてっぺんは黒く染まっていて、
顔の隅々まで化粧をしている。
聡一のお母さんだ。
お父さんはハゲてる(聡一から聞いた時、声出して笑った。お父さんに対してそういうこと言うなよ。)サラリーマン
と言っていたけど、
お母さんの隣を歩く男は、
二十代くらいの、ピアス開けて鼻の下に少し髭が生えているチャラ男だ。
濃い緑色のズボンにはチェーンがついていてとてもダサい。
お母さんはよろよろと歩きながら、
男の人の腕に自分の腕を絡ませて大声を上げながら笑っている。
お母さんたちはこっちに向かってきた。
「あらぁ?こんにちわぁ!」
お母さんは私にさくらんぼのように赤い顔を近づけて、
大声で挨拶してきた。
口から酒の匂いがする。
私は思わず身を引いた。
「え?こんにちは…。」
「あぁー、ごめんね。こいつ酔っててさぁ。なあ、幹子ォ、俺んち行こうぜぇ。」
男の人がそういうと、私の横を通ってエレベーターに乗って消えてしまった。
男の人からもお酒の匂いがしたので、
あんたも酔ってるじゃねえか。
と思ったけど、何も言わないでおいた。
そもそも、朝の10時にここにいるの、おかしいでしょ。注意しろよ。
私は聡一に合鍵をもらっていたので、
その鍵で聡一の部屋に入った。
待って、鍵開いてんじゃん。
何やってんの、ほんと無防備。
私は鍵をポケットに入れて中に入った。
「聡一〜。」
そう呼ぶと、うぅ、とうめき声のような声が聞こえた。
「聡一…?」
なんだか嫌な予感がしてリビングの方に走った。
「え…?大丈夫!?」
聡一はソファの下に転がっていて、
頬が殴られて腫れている。
本当にうめき声をあげていた。
「ちょっと…氷持ってきてあげる。」
私は急いでポリ袋と氷を入れた。
何回も来ていたので場所は分かっていた。
「ほら…ソファ座って。」
聡一は涙を流しながら過呼吸になっていた。
本当に心配だった。
いつも生意気な聡一が、
こんなことになってるなんて。
「聡一…何があったか教えて。ゆっくりでいいよ。息整えて。」
聡一にゆっくり深呼吸させた。
聡一は冷静になって話した。
「…お母さんはパチンコ屋の店員と不倫してるんだ。父さんはもちろん知らないし、俺も最近知った。それで…そいつが、暴力振るんだ。殴ったりとか…蹴ったり…。そいつとお母さんは俺と父さんが邪魔だから、身近な俺に八つ当たりしてる。お母さんは黙って見てる。」
そういうと、聡一は太ももの|痣《あざ》を見せた。
私は聡一の痣に薄く触れた。
可愛いなぁ…ほんっっとに。
息が震えた。
私は聡一の長い髪をちょろちょろと触った。
「聡一…あと1週間だよ。一緒に出て行こう。こんなところ。」
私は聡一を助けたかった。
正直なところ、聡一以外どうでもよかった。
聡一は私を暗く、凍った目で見つめた。
でも聡一の目が少しだけ、ほんの少しだけ光った。
今日から夏休み。
出て行くのは8月に入ってからのどこか。
今日は25日。
そろそろ8月だ。
ただ、一つ問題があった。
どこに行くにも、二人ともお金がない。
親の財布に手を伸ばす。
震えが止まらなくて、結局盗まなかった。
結局、私が辿り着いたのはパパ活だ。
勘違いしないでほしいのは、私はエッチなことはしたくはないので、するつもりはありません。
臆病な私はエッチをする勇気なんてありません。
ていうか、私勇樹いるから無理だけど。
私はSNSで、募集をした。
『千葉県市川市住みのJKのミリです。お金に困っています。えっちなことはできませんが、カラオケで歌ったり、ご飯を食べに行くことならできます。お時間あったらご連絡ください。』
『えっちができない』その言葉のせいか全く連絡が来ない。
…と思いきや、結構すぐに連絡がきた。
『ミリさん、こんにちは。28歳、サラリーマンです。僕は歌に自信があるので、ぜひ一緒に歌いたいです。僕は性交渉をする気はありませんので、ご安心ください。日程は、7月の28日の金曜日の6時からでもいいですか?もしよければ、ご返信ください。』
サラリーマンかぁ…お金持ってるかな。
私はすぐに連絡を返した。
『こんにちは。ご連絡ありがとうございます。その日程で大丈夫です。西船橋駅で待ち合わせましょう。』
私は28日、西船橋駅に中央総武線で向かい、駅の前で待った。
がっつり制服で来てしまったが、別にいい。
いつも下ろしてる髪をツインテールにして、
少しだけ化粧してみた。
「あの…ミリさんですか?」
スマホを動かしていた手を止めて、相手を見た。
眼鏡をかけて、腕時計を確認する仕草。
全てが、大人っぽい。
「そうです。こんにちは。」
「じゃあ、もうカラオケの場所は調べてあるから、行こう。」
そういうと、彼は歩き出した。
私は小走りで追いかけた。
「ミリちゃんは、高校何年生?」
「えーと、高2です。」
何故かわからないけど、少し大人ぶりたかったので年齢を上げる。
「そうかぁ、高2か。まだまだ現役だね。どこの大学行くかは決めてるの?」
大学ね…。
私的には行かなくてもよかった。
親はゆるいし、私も行きたいところなんてなかった。
心底、どうでもいい。
「えー…、私お金ないからさ…行けるかわかんないの。」
お金がない私を演じているので、
お金の話になると声をワントーン下げる。
「あー、そっか。ミリちゃんお金ないんだよね。」
ずっと気になっていたのだが、
何故彼から醤油の匂いがするのだろう。
ほんのりと、醤油の匂いがする。
ツンとして、なんか、やだ。
「今日は何も気にせずご飯食べたりとかしてね。僕がお金払うから。」
目にシワを寄せて彼は笑った。
「はい、ありがとうございます。」
「タメ口でいいよ。敬語なんて肩苦しい。」
優しい人だなぁ…。
まあ、私の勇樹には勝てっこない。
「ありがとう…。」
「ここ…だね。」
彼が指差した場所を見た。
廃墟みたいなカラオケだったけど、
チェーン店なので少しだけ安心できる。
ほんと、微分子レベルで。
中に入ると、店員がスマホを見てダラダラしていた。
すごく静かだし、綺麗なところはウォーターサーバーくらいしかない。
「あの、予約していたんですけど…。」
と、彼と受付の人が少しだけ話をした。
私は何が起きてるのかさっぱりで、
胸の辺りにあるツインテールをいじくっていた。
「じゃあ、行こうか。」
と、私の手を引っ張って強引に部屋に連れて行った。
爪が食い込んで、痕がついた。
私はずっと席に座りながら痕を眺めた。
私は性格が悪くて、
小さな傷がついてものたうち回って、
「見て!こんなところに傷が!」
と相手を非難する。
そんなやつに友達なんかできるはずもなかったので、
小さい頃は友達が全くいなかった。
中学に入ってからその性格を押し殺して、
どうにか友達を作った。
それが私の幸せなわけだし、
そうすれば勝てるし。
なにに?
あー……。
超つまんない…。
歌上手いって言ってたけど、そこそこだし。
ほら、60点じゃん。
何が上手いだよ。バーカ。
「ふー、歌った歌った。ミリちゃんは歌わないの?」
別に私はお金をもらいに来ただけなので、
歌う気は全くなかったし、
あったとしても、あの歌声を聞くとなんだか歌う気分になれなかった。
「えー…私はいいかなー。もっと歌ってよー上手だから聞きたい!」
「そうかそうかー。てか、その前にさ。」
彼はマイクを机に置いた。
「なんで、ミリちゃんはこんなことしてるの。いや、俺もそう聞かれたら困るけど…。なんで、お金が欲しいの。」
真剣な眼差しと声に圧倒されて少し黙ってしまった。
チャンスだ。
ここで、お金をたくさんもらうんだ。
でもなんて言えばいいんだろ。
「あのね…私、親が昔に出ていっちゃってね。叔母さんに預かってもらってるの。でも、その叔母さんは私が嫌いでね。元々私の家族と仲が悪かったから、預かる時もずっと嫌だって言ってたの。だから、叔母さんは私にご飯をあげなかったりとか…学校に通わせないとか、ちょくちょくあるの。それで…出ていきたいの。石川のお祖母様に引き取られたいの…。でもお金がないの…。」
私は涙を流した。
自分でも何を言ってるのか分からなかった。
なんで自分泣いてんの?
叔母さんとか、誰だよ。
私は彼の手の甲に私の手のひらを乗せて、
彼の顔に自分の顔を近づけた。
「お願い、おじさんしかいないの…助けて。」
子犬のような目で、弱々しく言った。
あの時の、聡一みたいに。
彼の醤油臭が強まった。
彼が近くにいるから?
いや、それもそうなんだけど…なんか醤油の匂いもするけど…もう一つ…。
なんか分泌してる…フェロモン?
もしかして発情してる…?
彼は私の手を握り返すと、
「そっか…。」
と、小さく呟いた。
顔が赤くなっている。
私は咄嗟に離れた。
「ちょっと、ここ出ようか。お金を出してあげる。」
そういうと、会計をそそくさと済ませて、
銀行についていった。
ホテルに無理矢理連れ込まれるんじゃないかと心配でしょうがなかった。
しばらくして、彼は銀行から出てきた。
「はい…10万。大事に使ってね。」
私は驚きすぎて声も出なかった。
中を見ると、本当に10万が入っていた。
「僕は趣味とかも特になかったし、無心で働いてたからお金に関してはどうでもいいんだ…。それに、僕の生活できる範囲内で出してるから、それは安心して受け取って。本当は石川に行くのに、こんなにお金はいらないけど。もし、家出が失敗した時のためね。でも、成功を願ってるよ。」
彼は優しく微笑んだ。
「それじゃ、じゃあね。お祖母さんちで、幸せに暮らせよ。」
「待って。」
私は彼の手を引っ張った。
「いつか…どこかで会えると思うの。だから、じゃあねじゃなくて、またねにしよう。また、会いたい。」
彼は少し黙ってまた微笑んだ。
「うん、またね。」
「またね。」
じゃあね。
私は聡一の家に急いで駆け込んだ。
朝の6時に。
「聡一!早く出て!」
聡一はドアを開けた。
眠そう…ごめんね、起こしちゃって。
私はセールスマンの如くドアの間に足を差し込んで閉じれないようにした。
「お金、手に入れた。10万。」
聡一は鼻で笑った。
「嘘だ、そんなにお金手に入れらんないよ。」
「マジだよ、ほら。」
私は封筒の中身を見せた。
「ほんとだ…10万。」
聡一は静かに驚いた。
「もう出て行く準備できてるよね?私はできてる。」
聡一は頷いて、小さなカバンを靴箱から取り出した。
そこに隠すとは、天才か。(私は普通に部屋に置いといてた。お母さんに聞かれた時は勉強道具って嘘ついたけど。)
「じゃあ、もう行こう。」
私は聡一の手を引っ張ってマンションの階段を駆け降りた。
なんだか笑えてきた。
こんなすぐ失敗するかもしれないことに、
無我夢中になって。
それは、聡一も思っていたことみたいで、
聡一と私はケラケラ笑いながら街を、
駆け抜け、駆け抜け、駆け抜けた。
二人ともすぐにバテて、公園の草むらに倒れ込んだ。
これが、自由。
「聡一。」
私は聡一の名前を呼んだ。
聡一は私に顔を向けた。
「どこ行くの。」
「どこでもいいよ。」
聡一は呆れたように笑った。
その笑顔が本当に、たまらなく好き。
私だけの、聡一の笑顔。
「もう誰もあんたのこといじめない、見捨てない!」
私は大声で叫んだ。
早朝6時の公園に私の声が響く。
「なんで叫んだの。」
「宣言だから。私と、聡一のね。」
聡一は笑った。
これからの自由。
考えると指先が凍ったように冷たくなる。
期限が限られている自由。
それは自由なのかな。
でも、聡一といられて、幸せなら。
それは、自由だよね。
ううん違う。
聡一の中では自由じゃないかも。
でも私の中では、それが私の自由。
それじゃあ、今度は勇樹も連れてこよう。
勇樹との自由もほしいから。
聡一は口を開いた。
「じゃあ、海行こう。海。」
「いいじゃん。ガキにしては。」
「はあ?うるさい、バーカ。」
「名前で呼んでよ。」
聡一の可愛い唇に指を押し当てた。
「美莉花。」
「それでよし。ほら立って。行くよ、海。」
私は海に行って自由を探しに行く。
私の、聡一の、自由を。
すごいすごい一万文字やで!?
今回は短編ではなく、長編を書いてみたかったんやー!
やったー!!、、!
みんな「おい、鈍足はどうした?」「日記で不登校の話をするんじゃなかったのか?」「投稿頻度おせえよ、まさかずっとこれ書いてたの?バカなん?」「どうせYouTube見てたんやろ、書けよ。」
…ごめんなさい(((
読んでくれてありがとうござました!