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Hollow Bunny
草食動物達が平和に暮らす“アニマルタウン”。
過去に戦争してきた狐や熊、猫などの“捕食者”である肉食獣とは違い、草食動物ばかりが暮らす平和な街。
街の平和が保たれているのはアニマルタウン全域に通った下水道の深部に位置する“アニマルマザー”というコンピューターによってミネラル水が下水道から水道管に流れ、ミネラル水を飲むことが害になる肉食動物がアニマルタウンで過ごすのは難しいからだ。
よって、店頭に◯◯肉というものは存在せず、草花や野菜ばかりが立ち並ぶ街の中では水すらもまともに飲めない肉食動物にとって、この街に住む必要性がない。
あるとしても草食動物を襲って食べることぐらいだろうが、法律上に警察が常に監視していて簡単に余所者の肉食動物が襲うことはできない。
そんなアニマルタウンの中にも群は存在し、兎が住むエリア、キリンが住むエリア…と種類によって別けられている。
アニマルマザーは兎が住むエリアの地下に存在し、常にミネラル水を生成し続けている。
それがアニマルタウンであり、草食動物の楽園である。
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ぶかぶかのTシャツだけを着た真っ白で綺麗な兎が小さく寝息をたてて、ふわふわとしたものが敷かれた小さな寝床に転がっている。
その横の小さめの時計がゆっくりと時を刻み、ある一点に針が動いた直後、大きな音が兎の長い白耳へ飛び込んだ。
その瞬間、がばっと兎が起き上がり時計の音を止めた。
すぐさま、時計を放おって顔を洗った後、大好きな野菜を両手でしっかり掴み、満足げな表情でシャクシャクと音を立てて平らげた。
その後に『ラッツ』と名前が記載された黄色い鞄を引っ掴んで、二本の足となったもので駆け出していった。
錆びた煙突から白い煙が立ち昇り、扉からは硫黄の匂いがする。
”草湯物語“と名前の暖簾を潜り、番台の黄色い花をつけて新聞を開く白兎が挨拶をした。
新聞には『機械の中に紛れる過去の形跡』と見出しがされていた。
「おはよう、ラッツ…もう交代?」
「…おはよう」
「ラジオ、聞いた?」
「ラジオ?」
「ほら、下水道から“捕食者”か出たって話」
「…いや、全く」
ラッツ、及びぶかぶかのTシャツを着た白兎の返答に黄色い花をつけた白兎、ヴァニーが「相変わらずね」と呆れたように返答した。
そのまま、更に言葉を続けた。
「最近、お客さんに水質が悪いって言われるの」
「水質が悪い?銭湯なのに?」
「ええ…それも、どろりとしているって…ラッツ、そういう機械的な知識があるんだから、暇な時に見てくれない?」
「…キミがやったって良いんじゃないか?」
「私は、私なりにやることがあるもの。よろしくね、バイトさん」
「良い性格してるよね、本当に」
ヴァニーがラッツのその言葉に笑い、肩をぽんと叩いた。
ふわふわとした毛に覆われた白く小さな手が肩をなぞり、「お先に失礼します」とだけ言った。
まるで底の見えない泥沼に身体を浸けられるような面倒事を投げられた感覚がラッツの中で渦巻いていた。
ひどい硫化水素の匂いが鼻につく。
天井は土に覆われた下水道の中にはミネラル水や硫黄もあるはずであるというに、鼻へ届くのは摘みそうになるひどい下水の匂いしかなかった。
足裏にヒヤリとした感覚が伝わったと同時に下水道管の中は、光の届かない永遠の夜だった。
噎せ返るような下水の臭いが肺を満たし、思わずえずきそうになる。
足首まで浸かる茶色いヘドロを踏みしめるたび、ぶちゅぶちゅと不快な音が鳴り響く。壁際には苔やカビがびっしりと生え、その湿り気が皮膚にまとわりつくようだった。
時折、何かが水音を立てて逃げ去る気配が、この閉鎖空間にわずかな生命の兆候を示していた。
「…こりゃ酷いな……水質が悪いなんてもんじゃない、明らかな異変だ…」
上の銭湯から拝借した懐中電灯だけが地下の夜に光を差し、銭湯という小綺麗な空間の異様感を更に引き立てる。
ラッツはゆっくりと探索をしつつ、懐中電灯を回し始めた。
その先で、何やら小型の動物のような影が差した光に照らされ、逆光をつくる。
それを不審に思ったのか、彼は問いかけるように口を開いた。
「…なに、してるんだ?こんな真っ暗な下水道で…」
そのまま、白く毛に覆われた前足を動かしてそれに近づき、その姿を目視した。
まるでヘドロのような色合いにどろりとした液状の身体が狐のようなフォルムでこちらを見ている。
暗闇の中に佇むそれを認めた瞬間、ラッツの背筋を冷たい悪寒が駆け上がった。
足がすくみ、呼吸が止まる。その場に縫い付けられたような麻痺状態から、内なる恐怖心が彼を突き動かした。
今すぐ逃げなければならないと彼の頭の中で警鐘が鳴り響いた。
脳裏に響く警鐘に従い、彼は無我夢中で駆け出した。
背後から張り付いてくるような闇の気配に、心臓は肋骨を打ち破らんばかりに早鐘を打つ。
一歩、また一歩と地面を蹴るたび、追いつかれるかもしれないという圧倒的な焦燥と恐怖が、彼の意識を塗りつぶしていった。
脇目も振らずに駆けた先で、湯気の立つ草湯物語へ到着したラッツはひどい安堵感に包まれていた。
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家に帰ってからもラッツの気分は晴れなかった。
いやに奇妙で恐ろしいものを見た、という体験はそう忘れられるものではなかった。
黄色い鞄を椅子にかけ、手を洗いに行こうとした辺りで携帯が鳴った。
携帯にはヴァニーからの着信が表示されていた。
「…もしもし」
『もしもし、ラッツ?結局のところ、何か見つけた?』
「……いや…」
まさか、奇妙なものを見たなどと言えるだろうか。
彼は口をもごもごとさせ、何も言わずにヴァニーの返答を待った。
「何もなかったの?」
「…ああ」
「……そう。やっぱり、最近は捕食者を見たって噂があるみたい。
変よね、ミネラル水で肉食動物が生きれるはずがないのに…」
「…………」
「肉食動物が、水を取らないでも生きれるように進化したとか…ないわよね、流石に」
「…………」
「ラッツ?何か言ってよ、怖いじゃない」
「そう……だな…普通に考えて、あり得ない……」
「でしょう?それにそこまで進化してたら、地上侵略してそうだもの。ねぇ、ラッツ…明日もシフトに入ってくれる?」
「…いや、悪い…休みをもらっても?」
「どうして?」
「少し、匂いが…」
そのあまりにも適当な言い訳に言われた彼女は少し笑ったが、「ちゃんと洗ってよ」と笑って電話を切った。
匂いがとれない、というのも納得は多少できるだろう。
しかし、ラッツの目的は違い、自分が恐怖したものの真相を掴みたいことにあった。
存外、彼は図太く好奇心旺盛だった。
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夜のアニマルタウンは閑静な住宅街で昼の賑やかさを感じられない。
ラッツはタウンの中でも一番奥深くの深部へと繋がる下水道“地下迷宮”と異名のついた下水道の入口へ来ていた。
銭湯の下水道の匂い以上の臭さに顔をしかめるものの、嫌気よりも好奇心が勝っていた。
地下深くへと続く階段を下りる度、鼻をつく硫化水素の臭いが強くなった。
足を踏み入れると、ひんやりとした空気が肌を撫で、頭上からは汚水が壁を伝って流れ落ちる音が響く。
足元のコンクリートは常に湿り、苔はないものの、ところどころにヌメりを感じる。
懐中電灯の光が届く範囲は以前と同様に限られており、奥へと続く闇がすべてを覆い尽くしていた。
光を手繰り寄せるように進む中、機械的な音ばかりが大きな耳へ届いた。
光は辺りを右往左往をして、やがて、いやに巨大な筐体を差した。筐体は様々な部分が光り、上に細かなものが入り込めそうな管と配線が露出した非常に大きな機械だった。
その機械の足元にはまるでヘドロのような色合いにどろりとした液状の身体が狐や熊、犬のようなフォルムがある。明らかな異常だった。
直後に悪寒が全身に駆け巡り、足が濡れたコンクリートを蹴った。
排出しているものはミネラル水ではなく、奇妙な物体ではあるが、間違いなくこれは“アニマルマザー”だった。
小さな頭の中で妙な使命感を感じ、筐体の上に飛び乗った。
心地の良い金属音が足裏から鳴って、下の奇妙な物体がこちらを見た。それはアニマルマザーの中から出て、形作り捕食者を形成する。
だんだんと数が多くなったそれらが群になって、いやに粘ついた腕が伸びてくる。アニマルマザーから伸びた複雑な配線を掻い潜って伸びる細い腕の数々にひどい嫌悪感を覚えた。
瞳が必死になってアニマルマザーの停止システムを探そうとするも見つからず、宙を泳ぎ続きる視界がようやく頬に触れそうになった腕を視認した。
「…うわっ?!」
反射で蹴ったそれの足先にぐにゃりとした感覚が広がる。脇目も振らずに飛び出して、腕ばかりの包囲網を潜った先に赤く点滅したスイッチが目に入った。
そのまま足で押そうとして、その足が腕に絡み取られる。絡んだ腕を踏みつければ腕が千切れて、やっとスイッチが押しこまれた。
その途端、アニマルマザーから奇音が鳴り、赤い光が全身を包み込んだ。
捕食者達は流れていた水に溶けて、形を崩していくのにも関わらずアニマルマザーは何か、屈強に金属片を己に構成していった。
そうして、出来上がった金属片の鎧に覆われた機械のモードは“保守モード”。機械自らが己の停止を拒んでいた。
「冗談だろ…」
設計ミス、というものでもない。これが止まれば、全草食動物が困るのだから当たり前ではある。
そうであれば、破壊するのではなく修理が妥当だろう。
金属片の鎧の中で一部がマイナスネジで固定された隙間が上部に見えた。積み上がった金属を階段のように登りながら、鞄からマイナスドライバーを取り出して、ネジの一つに突き刺し回す。
それを数回繰り返して外れた守りに複雑な回路の中に住み着いた何かが露出した。
数cmほどの黒ずんで古びた小さな牙。明らかに肉食動物のものであると分かる鋭さ。歯は元々ミネラル質であるから、アニマルマザーには異物だと気づかれなかったのだろうか。
ゆっくりとそれを引き抜き、ネジをしっかりと止める。アニマルマザーがそれを知ってか知らずか、鎧を壊したのを見届けながら水の中に身体を預けていった。
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妙に聞き覚えのある声が聞こえる。
「…電話にも出ないし、水はやけに水質が良くなるから…警察が入ったら一人で誰かがアニマルマザーを直したって聞いたら…どんな顔をすると思う?」
白い天井、繋がれる管…ここが病院なのだと理解するのに、そう時間はかからなかった。
「…褒め称えるんじゃない?」
「そんなものより、怒られるに決まってるでしょ」
包帯の巻かれた頭を介抱していたヴァニーに軽く小突かれ、やや頭が傷んだ。
隅に置かれた新聞には『アニマルマザーに混入した小さな牙』と見出しが載り、ヴァニーもそれに気づいたのか新聞をとって事の顛末を零した。
「ラッツが直したアニマルマザーに牙が混入していたのは知ってるよね」
「ああ、でもここには草食動物しかいないだろ。それに、あのヘドロみたいな生物も不明だ」
「ええ、だから新聞には広報として全部調べたものが載ってるわ。
アニマルタウンは元々、肉食動物と草食動物が大規模な戦争をした結果、勝利した草食動物側が建国したもので、その時に肉食動物の死体を地下の奥深く、要は地面に埋め立てたらしいの。
そこから時が経って、アニマルマザーが開発されて地下に建設された。けれど、建設された場所の上部分、天井は元から硬かったせいか地面が露出したままだった」
「……つまり?」
「露出した地上へ降った雨で小さな粒と粒の隙間に水が流れ、地面の中に埋まった骨の死体と土をゆっくりと削って、緩くなった天井の一つ…牙がアニマルマザーの管の一つから入り、配線に混入した……っていうのが、見解ね」
「そんな馬鹿みたいな…」
「実際、水の流れで岩場が削れて巨大な空洞になった岩壁、ポットホールみたいなものがあるじゃない。それと同じよ」
「確かに、そういうものはあるが……だとしても、牙が配線に入り込むなんてことあるのか?それに、混入しただけであんな変なもの…」
「アニマルマザーには異物が入ると自ら揺れて排出しようとするシステムと、入っているものに伴ったものを生成するシステムがあるのよ。
現在のアニマルマザーにはミネラルと清潔な水が大量に入ってるわ」
「…じ、じゃあ、肉食動物の牙に反応して、あんな変なものが生成されたっていうのか?」
「システムが機能していたなら、ね」
頭の中がくらくらとして、理解不能な事象を噛み砕くことができなかった。
過去の遺物と、現代の科学的機械。それらが合わさって起こした奇妙な現象。
それでも今、水は美しく味わい深く流れ続け、平和が保たれている。事は、物語は終わったのだ。
平和はまだ続いていく。
アニマルタウンには、今も変わらず草食動物達が平和に暮らしている。
▶兎が人間として暮らす世界観(原案)
舞台は兎が人間として暮らすアニマルタウン。
誰も彼もが皆全て兎で“捕食者”もいない平和な街。
そんな街で 主人公:ラッツ が街の下水道で“捕食者”を見たと噂を聞き、街全てのどんなところも繋ぐ下水道の中で“捕食者”を探す物語。
▶原案・【ラッツ】キャラクターデザイン
雪狸⛄️
▶本文
ABC探偵
▶ラッツ(ABC探偵)
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