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#1 再会
~登場人物~
朝比奈 悠/あさひな ゆう
一条 透/いちじょう とおる
船橋 咲良/ふなばし さくら
高瀬 翔真/たかせ しょうま
「朝比奈くんって、彼女いないの?」
そんな声が、教室の一角から聞こえてくる。
昼休み、クラスの女子たちに囲まれて、悠は少し困ったように笑っていた。
「うーん、いないよ。今はそういうの、あんまり考えてなくて……」
「えー、もったいな!めっちゃ優しいし、顔もいいし!」
「てか、もし付き合うならどんな子がタイプ?」
「年上?年下?まさか同い年?」
教室の空気は柔らかく弾んでいた。春の光が差し込む窓際で、悠の髪が揺れている。ふわふわとしたシルエット。淡い茶髪に、飾り気のない表情。けれど、その笑みは見る者の胸をふわりと掴む。
「そうだなあ……。一緒にいて落ち着く子がいい、かな」
何気ない言葉。何気ない笑顔。けれど——それすら、透には耐えがたかった。
透は教室の後方、自分の席からその様子を眺めていた。
爽やかな微笑を浮かべたまま、ノートをめくる手は完璧な演技。誰にも悟られないように、いつものように「理想的な優等生」を装っていた。
けれど、視線だけは逸らさなかった。
悠の一挙手一投足。声の調子、視線の先、指先の動き、誰とどれだけ近づいたか——
すべてを記録するように、心に焼き付けていた。
(だって……悠は俺のだから)
ふたりが再会したのは、入学式の前日のことだった。
「……あれ?とおる、くん……?」
下校途中の交差点で、偶然再会した。
一瞬で空気が変わったのを、透は覚えている。
記憶の奥にしまい込んでいたはずの声が、目の前で震えていた。
「ひさしぶり……だよね、たしか。保育園、一緒だった……」
「——うん。久しぶり、悠くん」
透はすぐに笑った。優しく、爽やかに。まるで昨日も会っていたかのように。
悠は変わっていなかった。ふわふわとした雰囲気も、屈託のない笑みも、無防備な距離感も——全部。
(ああ、俺の記憶は間違ってなかった。やっぱり、悠は……)
その夜、透は眠れなかった。
スマホの連絡先に登録された「朝比奈悠」の名前を見つめながら、胸の内に渦巻く衝動を、どうにか押し殺していた。
(今度こそ、手離さない)
悠は誰にでも優しくする。
困ってる人を見れば助けるし、笑顔で「ありがとう」と言ってしまう。
だからこそ、他人が勘違いする。
——自分にもチャンスがあるんじゃないか、って。
けれど、それは違う。
悠の優しさは、ただの性質。意識していない。
つまり——
(自覚させればいい。自分が誰のものなのか、俺が教えてあげる)
その日も、放課後。
教室に悠がひとり残っていた。
「プリント……どこにいったっけ……」
机の中を探していた悠の背中に、透はそっと声をかける。
「悠くん。何か探し物?」
「わっ……とおるくん!びっくりした……あ、うん、プリント……生徒会の分……」
「もしかして、これ?」
透は懐から、一枚の紙をすっと差し出した。
「さっき落ちてたよ。悠くんの名前があったから、渡そうと思って」
「え、ありがと……とおるくん、すごいなぁ。優しいし、気が利くし……」
「悠くんにだけだよ?」
「えっ?」
「悠くんにしか、こんなことしないよ」
笑顔のまま、透は囁いた。
「俺、悠くんにまた会えて、ほんとに嬉しかった。ずっと、また会いたいって思ってたから」
悠はぽかんとしたまま、何も言えなかった。
その顔が可愛くて、透はたまらなくなった。
(今すぐ、この口を塞ぎたい)
悠の笑顔も、困った顔も、怯えた目も、泣きそうな声も——全部、欲しかった。
だけど、まだダメだ。
まだ“いい子”でいなきゃいけない。
だから透は、ほんの少しだけ触れた。
悠の指先に、自分の指先をそっと重ねて、すぐに離す。
「それ、気をつけてね。悠くんって、ちょっと天然だから」
「……え、えっと、ありがと……?」
悠の声は、少しだけ揺れていた。
それすら愛しい。
(ねえ、悠。
どうして、君はそんなに無防備なの?
どうして俺以外にも、優しく笑うの?)
その夜、透は部屋で悠のSNSアカウントをチェックした。
過去の投稿、友達リスト、いいねの履歴、タグ付けされた写真——
すべてを見た。
すべてを知った。
すべて、自分の中に飲み込んだ。
透だけが知っている悠を、もっと増やしていく。
人前では優しいまま、完璧な仮面を被ったまま。
でも、悠のすべては——
(……俺の手のひらの中にある)
透はそう思いながら、満足げにスマホの画面を閉じた。
部屋の中に、淡い月明かりが差し込んでいる。
その光の中で、透の目が、静かに、狂気に染まった。
藤空木栾でございます
ぜひとも名前だけでも覚えて帰ってください