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2-1「日常」
事態は収束し。
戻った仮初の日常で、少年は何を思い、何をするのか。
はぁ、と短くため息をついた。
今日の授業でのことだ。
異能関連の授業はさわりの部分を終え、異能を本格的に用いた実践的なものになっている。
僕は異能が使えないから、異能の発動訓練では見学するしかない。
そんなことでは授業についていけず、僕は落ちこぼれとなっていた。
これで、本当に僕の異能について分かるのかな。
と、珍しく弱気になりながら家に帰る。
そんな調子で、自宅での学習が上手くいくわけがなく。
ここ一週間ぐらいずっと挑戦している『エネルギー』を目視する技能。
だが、一向に習得する気配がなく、それが僕の不安を加速させる。
いや、この努力が間違っているもので無駄であるというわけじゃないだろう。
異能の発動訓練中、教室に満ちるエネルギーの気配を感じながらずっと練習していた。
なにも、ぼーっと見学していたわけではないのだ。
そうやって自分を励ますが、不安、焦りは加速するばかりだ。
あー、駄目だ。
いつものように集中することができず、考えるのは最近の自分のことだけ。
この調子では何年かけても習得など望むべくもない。
今日はさっさと寝て、気持ちをリセットしよう。
◆
学校に行きたくない。
こんな気持ちになるのはいつぶりだろうか。
とはいえ、行かないわけにはいかない。
なんのために、親に無理を言ってこの学園に進学したと思っているんだ。
ずるずると這うようにしてベッドから落ちる。
「……っ、つぅ……」
ごとんと頭を打つ音が響いた。
その痛みで、ぼんやりとしていた頭が完全に覚醒を果たす。
なんか最近痛みで目を覚ますことが多いな、と苦笑した。
まあ良い。
苦笑とはいえ、笑ったことで元気が戻ったかな。
取り敢えず、学校に行こう。
制服のブレザーに袖を通し、肩から通学カバンを掛ける。
「いってきます」
◆
朝の教室は、なぜだかいつもより騒がしかった。
「朝のお知らせだ。今日と明日、そしてゴールデンウィーク明けの一週間の間に部活見学が行われる。ぜひ、見学していってから部活を決めてくれ」
なるほど、部活見学か。
みんな、朝のうちに誰とどの部活に行くか決めていたのだろう。
成瀬先生は、最後に「別に部活に所属することは強制じゃないが」と付け加えて話を終えた。
なんだ。
強制じゃないのか。
じゃあ、見学せずにそのまま帰ろう。
そう、思っていたのだが。
「九十九さん」
僕に声をかけたのは、山田だった。
「良ければ、僕と一緒に部活見学に行きませんか?」
誘われては大した理由もなしに断るわけにはいかない。
しょうがない。
行くか。
僕と山田が回った部活は、文化部ばかりだった。
演劇部では、台本を基に演技をしたり。
吹奏楽部では、楽器を弾いてみたり。
放送部では、実際の放送原稿を読んでみたり。
部活見学というか、部活体験のようだった。
結構楽しかったな。
もし明日も誘われれば、行っても良いかもしれない。
そう思うくらいには、僕は部活見学を楽しんでいた。
帰る頃には、朝の憂鬱な気持ちは吹き飛び、明日のことについて考えている。
――これなら。
帰ってすぐに分厚い〈実践編〉を開き、気合を入れて床に座った。
エネルギーを圧縮したものが見えるかどうか。
圧縮した方が濃度が上がって見やすくなるので、最初はそっちの方が良いらしい。
右の人差し指の先にエネルギーがたくさん集まっているのは感覚で分かる。
後はこれをどう視覚に反映するか。
多分、ここまでできたら後はきっかけ一つでできるはずだ。
一瞬だけ目を閉じる。
これにより、視覚の切り替えができないかな、と思いながら。
ゆっくりと目を開ける。
世界が、白黒になっていた。
僕の右の人差し指の先は黒く、僕の体は灰色で、周りの空間は少しだけ灰に濁った白。
ああ、エネルギーの濃度によって色が違うのか。
そう、感覚で理解する。
これだと見づらいなぁ、と。
視界を元に戻すことを願いながら、再び目を閉じて開く。
いつもの風景が映った。
もう一度。
できるようになったことを確認するように。
目を閉じて、開く。
白黒の風景。
エネルギーを圧縮したり、霧散させたり。
そうする度に、黒が集まったり、散って灰色になったり。
しばらくそうした後、また視界を切り替えた。
ふと気がついて時計を見てみると、ちょうど短針と長針が重なって頂点を指しているところだった。
まずい。
これ以上遅くなると授業中に寝てしまう。
僕は、慌てて布団に潜り込んだのだった。