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〖いるの?いないの?〗
語り手:日村遥
鳥の声だけが聞こえる森の中に施設の警報音が木霊する。
そして、直後に壁や棚が崩壊する音が響くのだ。
その音の主がが消費者なのか、従業員なのかは戦場に立たないものが知る由はない。
●橘一護
18歳、男性。大学生。今年で19歳になるらしい。
(職場の人間は柳田は26歳、空知は23歳、上原は29歳、日村は23歳)
最近の趣味は神社巡り。変なもの連れてそうですね。
最近の悩みは皆が一護君呼びするので苗字を覚えられていないのではないかと思っていること。
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「なんで石なんて口にやったのよ!!!」
店を開いて開口一番に出水鈴が苦情を入れる姿があった。
また、それに対応する柳田の姿もそこにある。
「いえ...その、大丈夫だと、思いまして...」
「どこがよ!?あなた、あたしが消費者だって分かってるの!?」
「ええ、まぁ...でも暴走状態でしたし...」
「暴走状態だろうと人に石を喰わせたのは事実でしょ!?」
「喰わせたというか、口に入れ...」
「喰わせたのよ!」
「そうですね!」
柳田が討論で負けました。弱いですね。
「あなたも同罪よ!」
知りませんね。
「まぁ...結局は書いてる奴が一番罪あるしなぁ...」
同じ敵できたら一斉に袋叩きにすんのやめない?
さて、話はそのままで柳田が出水に頭を下げ、一つお願いをします。
「その件に関しては、大変申し訳ございません。もしご都合がよろしければ、貴方の卓越した能力は非常に有用であるとの認識があり、お時間がある際にお力をお貸しいただけますと幸いなのですが...」
教科書に載っていそうなとても硬い敬語を喋りました。
「...あなたの喋ってること、硬いし長いのよ!」
理不尽ですね。理不尽でもないか...?理不尽か。判断に苦しみますね。
「えぇ...?そ、それでお話の方は...」
言い終わらない内に柳田の顔が濡れ、ポタポタと水が滴ります。
「なん...何するんですか?!」
「力は貸す。それだけ」
「はぁ...それは有り難うございます」
何も分からずに出水が去る姿を見送って、服の袖で顔を拭い後ろを振り返るとそこには泣きそうな顔をした一護君の姿が。
「え、なに...なんで...?なんでそんなに悲しそうなの...?」
「バイトリーダー...本が...」
「本が?」
「本が...乾きません...」
本が乾きません。そりゃそうです。あれだけ水没すれば本は中々乾きません。
乾いても頁と頁がくっついてパリパリになります。読書が趣味ならば、この辛さ分かるでしょう。
さぁ、本(アナログ)を水に浸して暫く乾かしてみて下さい。完全に乾かずにどこかの頁は必ずくっつきます。マジで。本当に。畜生め(※個人的な恨みぐらいは抑えて下さい)
「あ~...参るよね、それ。水分をしっかり取って、冷凍したら上手く剥がれるらしいから今度やっておくよ」
「本当ですか!?」
「うん。ところで何の本?」
「雑誌コーナーの...えっと...あー...その...」
「...あっち系の写真集?」
「まぁ、そうですね...見事に全部でして...あの時、他の雑誌が少なくてあっち系ばかりだったみたいで...」
「ああ...うん......男全員でやろうか...女の子には流石に酷だろうし...」
「...興味が...?」
「う~ん...それが濡れる前に一回見たけど、そんな好みじゃなかったから別にないね」
「見たんですか」
「うん、見た。プライベートで買わないタイプだからさ」
「意外です。わりと買ってそうなイメージだったので...」
「酷いなぁ...8日間勤務なのに買う暇があるわけないじゃん」
「それもそうですね...」
ところで、どんな女の子が載ってるの?
「そろそろこの話を切ろうって気はないのか」
ヌードはいらないけど、ほら、健康的な女の子って同性でも魅力的じゃない?
「「煩悩!」」
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薄暗い部屋の中でアロマの蝋燭が匂いを立ちこませながら、数名の男女が座禅を組んで座っている。
その中で黒髪の密編みの眼鏡っ子ちゃんが語るように話している。
「それでね、Aさんは後ろを振り返って_」
ごくり。他の男女が生唾を呑み込みました。
「見ちゃったの!長い黒髪をだらりと前に垂らす例の亡くなった女性の霊を!」
その瞬間、女性陣と一部の男性の悲鳴が響き渡りました。
「いや~...怖いね、それ」
一部の男性陣の中で、白髪に染めた凛々しい顔をした男性だけが語り手に感想を述べました。
「あれ?空知さんは苦手じゃなかったんですか?」
「苦手だよ。苦手だけど、マネージャーの叱咤よりは怖くないから慣れちゃったよ」
「そうですか?じゃあ、何が苦手なんですか?」
「う~ん...海とマネージャーと、マネキンとかの人形と...まぁ、色々?」
「多いですねぇ...」
「そうかもね。しかし、話すの上手いね、皆引き込まれちゃったよ」
その言葉を皮切りに叫んだ男女が口々に感想を言い合う。
やがて、廊下から歩く音がして止まったかと思うと、薄暗い部屋の中に蝋燭以外の光が射し込んだ。
「どこで油売ってんの~?」
例の本は持っていませんが、柳田が顔を覗かせてサボっているのを探しにきていました。
「お...柳田さん。怪談ですよ、怪談。暑くなってきたし早めに涼しくなろうかと」
「古風だね...でもダメ。業務に戻ってね。とりあえず_」
ジリリリリと警報音が鳴った。
生暖かい嫌な風が通った。
「...なんだ?」
全員が静まりかえり、奇妙な静寂があった時、不意に空知が口を開いていた。
「......とりあえず、警報鳴ったから対処しようか」
「...そうですね」
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「なんだ、なんだ?」
「何も来てないじゃない」
「.........」
「警報が鳴りすぎて壊れちまったのか?」
駐車場へ集まった消費者が口々に文句を垂れます。
その中で消費者を誘導していた一護と柳田が話していました。
「...あの、柳田さん。俺も何もいなかったように見えたんですけど...」
「奇遇だね、僕もだよ。でも...何かを感知したんだ。そうじゃなきゃ鳴らないよ」
「だとしたら...一体何を?また、透明なんですかね?」
「いや...そんなはずは...」
生暖かい嫌な風が通る。
その場の全員が開けていた口を開き、施設の扉を見た。
何もいなかった。
何もいなかった。
何もいなかった。
何もいなかった。
何も、いなかった。
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何かがいるような気配がする。
はっきりと姿が見えるわけではないし、断言することはできないけれど目の前に何かがいる。
「見えてるわけやないん?」
やっぱり、何かがいる!
「...誰だ?」
何もいない虚空へ言葉を投げ掛ける。返事はない。
気味の悪さと解けない警戒心だけが空知の心に残った。
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薄暗い部屋の中で目視できない何かが蠢く。
それがだんだんと数を増し、騒がしくなっていく。
虚空の中で若い女性の声で争う声や小さな子供達がはしゃぐ声がする。
しかし、何もいない。
何も`いない`のだ。