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3 - 飛び降り
階段を駆け上って、重い扉に力を込める。
ギイイイ、と音を立てて開いたその先には、痛いほどの青が広がっていた。湿気を帯びた|滑《ぬめ》った風が、頬を叩きつける。
外に出た。
キンキンと|眩《まばゆ》い太陽に、雲一つない青に、今が真っ昼間であることを否応なく思い知らされる。
湿った風が、背中のほうから吹いてきた。それにつられるようにして、ふらふらと歩みを進める。柵に手を掛けた。
見下ろすと、地面が遥か下に見えた。
十階分———都市部にしては高くない、だが人がゆけば確実に死ぬ距離が、私と地面を|隔《へだ》てている。
ガタゴトと音を立てて忙しく行き交う車。車道と歩道の間に植った街路樹。風にあおられて揺れている枝葉。手を繋いで歩くカップル。子の手を引いて歩く母親。少しだけ見える、建物の入り口。窓からひらりと風に舞ったのは、きっと宣伝の紙だ。
柵を握る手が震える。今にも飛び出してしまいそうで———。
歩道から人がいなくなった。
柵と背中合わせにする。
柵を握る手に、力を込める。ぐっと腕を伸ばすと、足が 宙に浮いた。
浮いた体が、柵の上を通過する。
重心が柵の外に出たのを見計らって、|手《いのち》を離した。
空気抵抗を背中に受ける。湿った風がびゅうびゅう吹いている。
加速度を乗せて、宙を舞う。
甘美なまでの解放感を、ここまで来て、一抹の恐怖を。
叫び声が聞こえる。目を|瞑《つむ》った。
地面から打撃音がする。
私は何も聞こえない。
ひしゃげた頭部が映される。
私は何も見えていない。
肉体がバラバラになったという。
私は何も感じない。
血の匂いが辺りを埋め尽くす。
私は何も感じない。
血の味を感じた。ふわりと上品な味だった。
———ああ、なんて美味なのだろう。