公開中
玻璃の世界で
目覚めると、知らないところにいた。
透明な白。
辺り一面、硝子張り。指一本も動かせず、瞬きひとつもできない。
閉じ込められたようだった。
硝子細工の人形として、自分はただそこにいる。
硝子の外で、喧騒が聞こえる。
ずっと目は開けたままなのに、なぜか目は沁みなかった。
どこかの光に照らされて、目の前の硝子は煌々と反射している。
ふ、と眠気を感じた。
瞼も下がらないのに、ピン、と鮮烈に張っていた意識は溶けていく。
---
目覚めると、外は真っ暗闇だった。
綿に墨汁を垂らし込めたかのような、真っ黒な硝子。
脈拍一つ感じず、横隔膜は動かない。
時が止まったかのようだった。
ドクン、自分を覆っている硝子が波打つ。
一気に漆黒の視界が崩れた。
---
誰かがいた。
硝子の外、自分も、相手も触れられない場所に。
男か、女か。人であること以外何も分からない。
誰、と口を動かそうとした。だが口端少しも動かなかった。
彼が近づいてくる。自分のいる硝子の前で立ち止まった。
唇が動くのが分かった。何か喋っている。でも、ここからでは分からない。
不意に痛みを感じた。
自分を閉じ込めている硝子が体を締め上げてきたんだ。
彼のほうを見た。
泣いている。
何も分からないのに、漆黒に呑まれた影しか見えないのに、それだけは分かった。
苦しくなった。
硝子細工の一部と化した体なのに、ひたすら苦しかった。
どうしたの、何があったの。
ここにいるよ、あなたの目の前にいるよ、見えているの?
硝子の締め上げが止まった。痛みが緩んでいった。
待って、と想う間もなかった。
外にいる彼の姿が崩れ消えていく。
どこかで茜色の線が見えた。
漂う墨汁のなかを掻き分けるように。ゆっくり、ゆっくり、滲んでいく。
視界が溶けていった。
---
目覚めると、辺りは透明な白だった。一面、硝子張り。
最初に目覚めたときと、同じだった。
硝子の外で、喧騒が聞こえる。
ずっと目は開けたままなのに、なぜか目は沁みなかった。
どこかの光に照らされて、目の前の硝子は煌々と反射している。
いつか見た、彼の姿はどこにもない。
低音質な録音のような騒ぎ声、透明な白色の硝子張り。
あらゆる活動を停止した、硝子細工の身体。
何もかも止まった時空に、自分はただ存在している。
〈後記〉
病み小説を書こうとしたら珍妙な小説が出来上がりました。