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20240716
3800文字以上。
プレバト「炎帝戦」の俳句たちを僕なりに解釈したもの。
(15句。添削後も含む)
・|雪渓《せっけい》のピザ屋品川ナンバー|来《く》
長野県に美味しいピザ屋がある。
友達がそう言って聞かないので、仕方ないな、と車を走らせ一緒に出掛けた。
夏の季節だというのに、長野県は冬景色の一部を残している。遠景の山々に溶けゆく去年の雪を見ながら、窓際の席でピザにかぶりつく。
すると、たった今、ドライなエンジン音が窓を突き抜けてきた。
お、俺たちの後続かな?
と目を傾けてみると、そこには前向きに駐車をしようとする品川ナンバーの車が。
白くて冷たいイメージの「雪渓」と、アツアツで様々な具材をのせカラフルな「ピザ」の色の対比、温度の対比。
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・USJセットファザードの|片陰《かたかげ》
マリオワールド、ハリーポッター、名探偵コナン。
USJには有名どころのアニメや映画の中にいるような舞台セットが押し込められている。
セットファザードは、夢と現実を分ける境界線のようであり、壁のようでもある。
リアリティを突き詰めると、とある現実の夏の午後の、家並みの景色になっていく。目が当然のようだと認識して、第一印象の強い感慨から遠ざかろうとしている。
入場者はそれらセットに一瞥をしながら贅沢に歩いていく。
夢焦がれた街並みとして、あるいは日差しから逃れるために作られた、作り物の日よけとして、日陰を歩いていく。
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・夏を追う|叡電《えいでん》の影チャリの影
鞍馬寺に行く叡山電車の景色。
大正時代をイメージしたデザインの、森林を写し取ったかのような濃緑の、ノスタルジックな車体。
その影と並走する自転車の影が車体に差す。
通学時間であろうと日中であろうと、叡電はゆっくりと走行し、自転車――チャリといい勝負である。
森林の自然に溶ける夏の影を追うように、叡電の影、チャリの影が長針と短針のように重なり合って、影の色――緑を濃くしていく。
それは、夏が始まったことを意味し、夏が少しずつ去っていく様子でもある。
景色に影の動きがリフレインする句の運び。
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・渡月橋の|騒《ぞめ》き干からびた|蜥蜴《トカゲ》
昭和の上皇さまが、橋の上空を移動していく月を眺め、「月の渡るに似る」と感想を述べたことから「渡月橋」と名付けられた。
京都嵐山を代表する名所であり、縁石で一段高くした石畳の歩道が車道の両脇に付いており、そこを通る多くの観光客でにぎわう橋だ。
夏の渡月橋もそれはそれは浮かれ騒ぐものである。
人でごった返す声や車の走行音。石畳の上を歩く足音。観光客の浮ついた雰囲気。
ふと呼ばれたように足元を見ると、うわっ。
干からびた蜥蜴、一匹の死体がある。
地面の色と同化してきており、身体は褪せ、かろうじて形を保っているが、もう生物だったときを忘れている。
そうか、この橋上の騒音たるや、ひっそりとこの世を去り、抜け殻となった蜥蜴などを覆い隠すものなのだ。
私以外はみな、橋の下の水音や水の息遣いを眺めているのに、私だけはこの蜥蜴に気づいた。
蜥蜴の抜け殻は橋の上の騒きは、嘲笑のようなものだったのだ。
その騒きは、例外なく私も含まれる。
「うわっ」と驚いたからである。
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・始発待つ素足ぶらぶら|大三東《おおみさき》
日本一海に近い駅である大三東駅。
朝まだきのプラットホームに腰かけて、足をぶらぶらさせている。
足先を伸ばせば海に届くかという錯覚を覚える。
打ち鳴らす潮の粒が素足に飛んできて、水が近い。
おそらく海面には白い泡が浮かんでいることだろうが、自分には音しか知らない。
まだ今日の色を知らない夜明けの朝。
朝日を待つ、始発電車を待つ。
ぶらぶらさせている足の動き。
絶え間なく飛んでくる潮の粒。冷たさ。
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・カタカナの魚ばかりや|市薄暑《いちはくしょ》
初夏の汗ばむ暑さのある沖縄の市場。
予想通りというべきか、市場には知らない魚ばかりが売られている。
獲れたての鮮魚だろうが、知らなすぎて、魚より魚の名札が目に入ってしまう。
黄色い紙に書かれたカタカナの名前。
聞いたこともない見たこともない。
カラフルで不思議な形をした魚。珍魚。
何の気なしに氷の上に置かれ、売られている。
それを地元の人たちは特に疑問も感じずに買っていく。
異国情緒のある方言の飛び交う会話。現場。海産物。
ああ、沖縄に来たんだなあ、という感嘆、それから戸惑い。
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・スキットルの固き四角や花|梯梧《でいご》
梯梧は沖縄の県花。
赤い花の色が夏色を写し取ったかのように盛んに燃える。
スキットルとは、変な形をした水筒のようなもの。
中にウィスキーなど酒を入れて携帯し、のんべんだらりとしている酔っ払いなどに似合う。
夏の日差しから逃れるように、赤い花の梯梧の近くで休んでいた。
観光地の海を見ながら、水分補給をするかのようにスキットルを手に持っている。
夏なのに手は冷たい。重たい。
スキットルの冷たさ、重たさを実感しつつ、夏を客観的に観光する。
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・|舳先《へさき》より泡盛の|神酒《みき》一礼す
沖縄のお酒「泡盛」は、度数の高い蒸留酒である。
沖へ出る前、船が離岸した直後、若手漁師が大事そうに酒瓶を持って出てきた。
少量の泡盛を船の舳先より海へ。
船端部ではなく、船の先頭……舳先からである。
海の神様が先に、という敬意が垣間見える。
貴重な酒を海に垂らし、海の神様に豊漁と航海の安全祈願をしてから、この船は漁に出向くのである。
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・熱田守護なる亀の甲羅の|蛭《ヒル》を|剥《は》ぐ
熱田神宮の池にはたくさんの亀が泳いでいる。
中央には大きな石があり、晴天の日は池から上がって甲羅干しをしている。
ある日、この石で休んでいる亀の一匹に、おびただしい蛭がくっついていた。そのために甲羅干しをしているのだろう。
守り神たる亀だが、ちょっとかわいそうと思い、本当はいけないのだがこっそり家に持ち帰ってきれいにしてやることにした。
甲羅にくっついた蛭をピンセットで剥がして元通りになっていく亀。その最中は全く動かず、石のように動じず。
蛭を剥がし終わり、甲羅干しをしていた池に戻してやるが、亀は熱田神宮の手本のようにしばらく動かずにいた。
蛭を剥がす前と後、いでたちは全く変わらない。
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・|黴《かび》臭いホテルだけど海がデカい
ホテルに入ってみた第一印象は、黴臭いし湿気臭い。最悪のホテルだと思った。
海が近いからだ。それはそうだ、ホテルの敷地より海のほうが広い。納得の理由だ。
景色がよいからって、人間の経営する領域まで入ってくるとは。ホテルの採点がいやに甘かったらしい。
ちょっと嫌な気持ちになりつつ、窓を開けてみると、思ったよりも海が近く、前面展望が開けていく。
海と空の水平線がまろやかな青に溶けていて、境界線がないように見えた。自然と笑みで顔はほころんでいく。
黴臭さは海の香りとともに流れ、室内は清涼となり、今では良い思い出に。
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・|舷《ふなべり》や|腹《はら》蒼々と|海猫《ごめ》の|群《むれ》
遊覧船に揺られて空や海を眺めている。
|海猫《うみねこ》が空から海へ降りてきた。海中の餌を狙っているようだ。
その際、降りてきた海猫の白い腹は、空の青い光が海へと投射され鏡のように反射する海面の光によって青く映じていた。
海のサファイヤのように光り輝き、希少価値を高めた青が海上を優雅に飛んでいる。船べりの手すりに邪魔されなければ、手を伸ばしたくなるようだった。
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・釧路駅知らないコンビニの冷房
北海道に旅行しに行った。
釧路駅、まったく知らない場所。
セイコーマート?
地元にはない店の名前だったので入ってみた。
入店して分かったが、どうやらコンビニのようだ。
建物の中に入ったからか、安心感が心に宿ったことに気づいた。
コンビニの店内は相変わらず冷えており、変わらなく涼しい。
同じ冷やし方、空気、チルド弁当の陳列棚から匂ってくる普通感。
冷房能力のチープな気づきが、不慣れな土地を歩く旅行者に一定の安心感を与え、ホッと安堵する。
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--- 決勝戦 ---
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・宮古島ホースに溜まる水は|炎《も》ゆ
外に備え付けられたホースを持ち、蛇口をひねるが、中に溜まった水が燃えるように熱い。びっくりしてホースから手を放してしまった。
蛇口をひねらなければ気づかない熱気であり、それまで何も言わずに黙っているホースとその中の水は蒸気として逃げることもできず、熱湯になるほど日光で温められていた。
水は炎に変換される一歩手前まできていたのだろうか。
その際、最終的にホースはどうなるのだろう、破裂するだろうか?
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・油照り影が溶け出す|中田島《なかたじま》
静岡県浜松市に中田島砂丘というものがある。
海風によって風紋が砂上に浮かび上がり、夏はウミガメの産卵のために上陸する。それを見るために訪れる人も多い。
しかし、砂丘と夏は相性がよく、それから相性が悪い。
夜はいいが、昼はこの世の地獄を呼び寄せるかのように暑い。
観光客の影が溶けていっても構いなし。
油田のある国のように、砂浜は日光を喰らい続ける。
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・|夏暁《なつあけ》の|納沙布《のさっぷ》FMのノイズ
夏は明けが早い。四時から五時になるともう空は白んでくる。
気温も上がらないので一日のうちで最も清々しい。
――あれっ?
車のFMラジオの調子が悪いな。
ノイズが。……まあいいか。
なぜなら僕らはこれから朝焼けを見に行くんだから。
北海道の納沙布岬は日本で最初に日が昇る場所だ。
北海道でも端のほう。ラジオの電波が届かないことも合点がいきやすい。別にラジオなんていつでも聞けるしな。
車の中でノイズがかかったまま、暗闇が薄くなるのを待っている時間帯。
期待感の収まらない、目線が行ったり来たりと泳ぎだす。
今に声をあげて、日の出を|礼賛《らいさん》するだろう。