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Chapter 9:悠木瑠音の憧憬
1組の斗霧芽衣といえば、この校内では有名だ。
無気力、無関心、無表情。今までは鋼鉄の表情筋を持つ人として学年内で噂になる程度だったが、なんとその芽衣さんが魔法少女になったのだそう。
本人は自慢するそぶりなど一度も見せず、むしろ目立つことを嫌がっているように見えた。
割と近くの駅であれだけ騒いだんだから、目撃した人もいるだろう。というか私──|悠木 瑠音《ゆうき るね》もその1人だ。
瑠音「はぁ…」
強く頼もしい彼女の姿は憧れと呼ぶのに相応しいものだった。
だが、それに反して私は臆病者だ。
これ以上、誰も、自分自身も失いたくない。
昨日より多くなった、空席。
この状況だから、学校に来ない子も多い。
大半は学校をサボってどこかに出かけているだけだが、たまに帰らぬ人となっていることがある。
今日は、クラスで一番仲のいい子がいない。
無事だと、いいな。
どんよりと暗くなった教室に、数人の声が響く。
すると、教室の扉の方から声がした。
1組の|川西 海都《かわにし かいと》。確か、斗霧芽衣と仲が良かった気がする。
そのクラスの担任で体育教師の柴田佐久郎のあだ名『クソ柴』の考案者でもある。
一番扉の近くにいた私に、彼は声をかけた。
海都「なぁ、悠木。|浅野《あさの》知らね?」
成人男性ほどの低い声で話しかけられ、体のしんがすぅっと冷える。
男の人は嫌いだ。
そして彼の口から聞こえた名前が、自分の一番の友達──|浅野 佳奈《あさの かな》だと言うことに、少しだけ怯えた。
瑠音「佳奈、だったら、今日は多分休みか…早退。」
海都「そうか、珍しいな。」
佳奈は真面目で肝が座っており、私の苦手な男性にも物おじすることなくハキハキと喋る子だ。
人生で一回しか風邪をひいたことのない猛者であり、健康優良児という言葉がぴったりである。
海都「そっか。サンキュ。お前、男嫌いだろ?話しかけてすまん。」
瑠音「なんで知ってんの!?あんた、なんで!?」
あ、まずい。イントネーションが完全に……方言。
不思議な顔をされると思って身を硬くすると、意外にも彼はそこには触れなかった。
海都「佳奈から聞いた。佳奈、俺の彼女だから。…っと…そんじゃ!」
は…?という声を出す前に予鈴が鳴り、川西…くんは教室へ戻って行った。
席に着く、体が震える。
え、ちょっと待って。佳奈、マジなん?
いつの間にか青春してんじゃねぇかおい。
今にもそう叫び出したい気持ちを抑えながら授業を上の空で受けることになったのは言うまでもない。