公開中
人間の証明式
私は人の心を読み取るのが不得意だから、「貴方空気読めないのね」なんて、よく言われた。
仕方のない話だ。普通の人間には備わっている能力だ。けれど私には、どうしても…完全に理解しようとすればするほど、心の奥深くにある「真実」を見透かしてしまうようで怖いの。今日も私はそんな悩みを抱えながら、白いシーツの中に堕ちて眠った。
こんなこと考えてるけど、私だって学生。今日も目覚めては、ぐしゃぐしゃにシワのついたシーツの上で、少し汗を流しながら目を覚ます。朝は弱いのだ。視界が朦朧として、立ち上がると眩む。けど、学校に行かないと。
こんな性格の私にも、2人の友人がいる。スエリとヒメ…あの子達は、私の「理解者」。2人に会えるのなら…そう思うと気が重い登校も自然と足が動いて、私は学校へ向かった。
さあ、机に向かって。ペンを握って。声を出して。「作者の心情を読み取りなさい。」
できるわけがないでしょう?冒頭でも言った。「私は人の心を読み取るのが不得意だから。」
こういう系統の問題は、別に私以外にも苦手な人はいる。でも…考えれば考えるほど、この人が何を考えているのかどんどん分からなくなって…。いくら仮説を立てても、証明できるわけではない。この問題を作った人も、あくまで「推測」で答えを作っているのだ。何人もの学者の仮説が合わさった、誰も知らない思考の真実が、この教科書に込められている。「シュレーディンガーの人間」とも言える。
こんな話を理解してくれるのも、スエリとヒメだけだった。スエリは明るくて、なんでも肯定してくる性格は少々如何なものかと思うが、その性格に助けられてもいる。ヒメは大人しく優しく、自分の話をあまりしたがらない暗い性格だけれど、どこか他人を包み込んでくれるような穏やかな目をしている。2人から私の印象を聞くと、「不思議な人」だと。どういう意味なのかよく分からないが。
2人は私の話を良く聞いてくれる。そんな2人に、私も恩返しをしたい。もし2人が困っていることがあれば助けてあげたい。それが、「普通の人間の思考」だと、私もそれぐらいは知っている。だからこう言ったのだ。
「スエリ、ヒメ。私、貴方達のこと信じてるよ。」
「…どうして、ヒメを殺したの?」
ガラス越しの対面で、私はやつれた顔のスエリを前にして話を始めた。久しぶりの再会だったのに第一声がそれだなんて!そう思いつつも、やはりきちんと説明しておかないと誤解も解けないか。
「あれ…?私、前に説明したよね。ヒメが私に相談してきたからだよ。もう死にたいって。だから私、手伝ったんだよ。」
静寂が肌を包む。スエリの目からこぼれ落ちる涙と、眼球のあたりに集まる皺が、普通の人にとっては「悲しみ」たる証拠らしい。
しかし私には分からない。ヒメの願いを叶えた私に憎しみの目を向ける理由が分からない。厨二病とかではないのだ。おそらく私には生まれた時から、何かが足りなかった。
ベッドに座る。スエリの胸の辺り…心臓の辺りを想像して、そっと掴むように手を天井に向ける。あの時の顔、感情、「心」を…理解しようとしても、結局私は他人なのだから。
どうしてそんな顔で泣いてるの?
私は考えるのをやめた。所詮、人の心を完璧に理解することは…真実を証明することは…不可能だから。「悪魔の証明」だから。
ごめんね。
絞り出した答えも、誰の耳にも届かない。
陰に沈んで 私はまた眠った。