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〖翌日にて夢か現か〗
あれは、なんだったのか。
昨日、俺は例の厄介客の世話に付きっきりだった。そのせいで店長には店をほったらかしにするなと厳重注意を喰らったが...その世話で起きたあの爆発音。
あの音がした後、すぐに沢山の悲鳴と救急車や警察のサイレンが聞こえていた。もう、調べている場合ではなかった。俺は日村に向かって叫んだ。でも、いくら叫んでも彼は動かなかった。瓦礫が転がって、炎が建物を包みこんで、人々が逃げ惑う様をその深い緑の瞳に焼きつけるようにして見つめていた。
それが怖くて、怖くて、俺は叫び続けていた。そして、おそらく逃げ延びたであろう野良猫が炎を纏った瓦礫の一つに圧されて生きたまま焼かれた辺りで彼は、
「...帰ろうか?」
恐怖でしかなかった。いつも堂々としていて、人の話を聞かない自己中だがこんなに狂っていたなんて知らなかった。
次、彼と会った時、何を話せばいいのだろうか。
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「...ダメだな」
いくら昨日、脳に流し込んだ事件を探しても何も見つからない。
和戸涼の怖じけついたような顔、酷く焼け爛れた猫の死骸、炎に包まれて瓦礫ばかりの崩壊した建物。
それぐらいしかなかった。やはり、関係者に話を訊くのが先決だ。
パソコンのデスクトップからメールへマウスを操作させて、“|鴻ノ池《こうのいけ》”とネームされた人物へ一通のメールを送る。
しばらく、脱出ゲームを遊んでいたが返事は正午ぴったりにきた。
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情報の伝達がお早いようですね。
こちらもこちらで捜査が少し割れていますので、《《貴重なご意見》》としてお話にお伺いします。
鴻ノ池 詩音
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...|鴻ノ池詩音《コウノイケシオン》。捜査担当刑事の一人、女性検査官である。
相棒である男性は頭が堅くて話にならないがこの|女性《ひと》は私の話をしっかりと聞く。
しかし、信用しきってはならない。彼女は優秀だが、正義感が強く頭脳派だ。下手に口走って、過去を詮索されてはならない。絶対に、敵に回してはいけない。
私はそのメールを確認して、すぐに毛布をとり、眠りについた。
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「...暇だなぁ」
ベットに寝転がりながら携帯を離して呟く。バイト先のネカフェのシフトは休み。
厄介客の世話をするわけではないし、親からの電話も来ない。
彼女は...いない。大学生の時はいたのだが、卒業間近になって振られた。
「顔は良いけど、その論理的なところが怖い」といった理由だったが、実際は別の男を好きになったからといった身勝手極まりない理由なのだが過ぎた話だ。
少しの間、物思いにふけっていると、電話がきた。知らない番号だ。迷惑電話かと思って出れば、
「涼くん!今から喫茶店に行かないか?」
日村修。何で電話番号知ってるんだ、コイツ。
「はぁ、もしもし...人違いじゃありませんか?」
「何を言ってるんだ?返事がないなら同意と見なすぞ、今から墨田駅付近の喫茶店に来てくれ。
駅付近にいれば、迎えに行く。今すぐだ!」
一方的に喋って、切られた。なんなんだ、本当に。貴方との関わり方について悩んでたのに、悩みごと吹き飛んだじゃないか。
俺は何も聞こえなくなった携帯をポケットに入れ、家を出た。幸い、墨田駅は徒歩10分で着く。
その時の俺は、別になんでもない休日が通常勤務と変わらなくなっただろうと思っていた。
それが覆ったのは例の喫茶店に入ってすぐのことだった。