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新生活
「ルービック、キューブ?」
隣のベンチには、キューブに悪戦苦闘する小学生くらいの少女がいた。
『霞さん』
『大丈夫ですか?』
『おーい』
私が車にはねられそうになったあの日から、霞さんはまたしても姿を消した。
当然、SNSのメッセージにも反応がない。
もしかしたら、一人で何とかしようとしてるのかもしれない。
実際、私はどう考えてもなにかの陰謀に巻き込まれている。
けど――――説明もなくどこかへ行くなんて、納得いかない。
自販機のボタンを押しながら、ふと隣を見る。
少女は――――なぜか満足そうな顔をしていた。
ここから見ると『赤い面』……いや、『ピンクの面』以外揃っているようには見えない。
普通より淡い色のそれを握りしめて、彼女は走り出した。
……ルービックキューブ初心者?
少女は一面揃えるのにも苦労するような人間だったのだろうか。
まぁ、その可能性はあるな。
◇◇◇
「四折ちゃん最近暗いね」
「まぁ、そうかもね」
黒夢とボイチャ中、私はふとルービックキューブの少女のことを思い出した。
「ねぇ」
「んー?何?」
私はルービックキューブの彼女について話してみた。
「ほお」
黒夢は興味ありげだ。
「一面揃えるのも一苦労なのかな、私みたいに」
「うーん……そうかもしれないけど、淡い色ってのが気になるな」
ふーん。
「確かに、淡い色のルービックキューブなんて滅多にみないけど……」
「じゃあ、色が関係してるんじゃない?」
彼女が揃えたのは『ピンクの面』、それが関係しているのか?
「あ、ちょうどデモの時間だ」
「デモ?」
「安楽死合法化の」
忘れてたこいつが思想強いってこと。
「じゃ、またねー」
「ばいばーい」
ボイチャを切断し、私は自室を出る。
「学習塾では、受験生たちが正月休みを返上して勉強に励んでいます」
テレビのニュースが耳に入る。
しっかし、正月くらい休めばいいのに。
ま、すでにドロップアウトした私にとっては関係のないことだ。
「この塾では『サクラサケ』を合言葉に」
――――桜?
塾講師のインタビューが流れる中、私は違和感を感じた。
なにか、喉に異物が引っかかったみたいな……
「ピンクじゃなくて、桜……色?」
私はすぐにダウンコートを着た。
もしかしたら、この可能性はあるかもしれない。
私は、すぐに家を飛び出た。
◇◇◇
「はぁ……はぁ……30分かかった……」
目の前には、ルービックキューブの彼女がいた。
同じ服装、同じ顔。人違いの可能性は少ない。
公園をいくつも巡ってようやく見つけた。
「ねぇ、ちょっと?」
彼女は驚いた顔をする。
「な、なんですか?」
私は息を吸い、彼女と目線を合わせた。
「合格、私も祈ってるよ!」
彼女は明るい表情をした。
「あ、ありがとう……ございます」
そして――――彼女は走って神社から出ていった。
試験に合格した時の電報『サクラサク』。
彼女はそれを知って、『桜色の面』のルービックキューブを買ったのだろう。
兄弟想いのいい子だな。
「さーって、と」
私は冬空の下を歩き出した。
「あ、あの!」
「え?」
私は後ろを振り返る。
そこには――――大学生くらいの青年がいた。