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コノハノジジョウ
**一**
改札を抜ける人の波に押されながら、僕はその花を見ていた。祖母の棺にも、白い花がたくさん入っていた気がする。百合だったか、菊だったか、それすら曖昧だ。病名も同じように忘れてしまった。医者は長い名前を口にしていた。カタカナだったかもしれない。親戚たちは深刻そうに頷いていたけれど、僕には「もう助からない」という意味しか残らなかった。
ただ、祖母の最後の言葉だけは覚えている。病室だった。冬の終わりの乾いた日差しが、カーテンの隙間から祖母の頬を照らしていた。痩せた手が、布団の上で骨ばって見えた。「死んだ人はね、思い出してもらえると、まわりに花が咲くんだよ。私が逝ったら少しだけでいいから思い出しておくれ」そういう祖母は痩せ細った手で僕の手を握りながら祖母は笑った。
面会時間が過ぎて僕が家に帰った頃に祖母は亡くなった。その報告を電話で聞いたとき僕は泣かなかった。泣いたら、祖母が本当に死んでしまった気がしたからだ。
四月、僕は東京へ出た。古びたアパートは川沿いにあって、夜になると電車の音が窓を震わせた。六畳一間。台所は狭く、風呂は浅い。けれど、ひとりで暮らすには十分だった。
大学では、誰も僕のことを知らなかった。
それが少し楽だった。
両親を事故で亡くしたことも、祖母に育てられたことも、葬式のあと眠れなくなったことも、誰も知らない。自己紹介の時間に僕は「地方から来ました」とだけ言った。
人は、知らないままでも隣に座れる。講義室で隣になった男が、「この授業、出席きびしいらしいよ」と話しかけてきた。名前は矢野といった。「友達とか、もうできた?」隣に座った矢野は初対面で馴れ馴れしさを感じるような、良く言えばフレンドリーに聞いてきた。「いや、全然」と、僕は苦笑する。眉を上げて「じゃあ俺が友達第一号じゃん」少し嬉しそうに矢野は言った。
軽い調子で笑う。そういう言葉は少し苦手だ。友達とか、家族とか、そういう言葉は、重いものだと思っていたからだ。
けれど昼休みに学食で矢野と向かい合ってラーメンを食べていると、不思議と居心地は悪くなかった。矢野は話しながらよく笑った。笑うたび、目が細くなった矢野の顔はどこか幼く見えた。
「お前って、なんか静かだよな」とラーメンを啜る矢野。チャーシューを齧りながら「そうかな」と僕が答える。すると矢野が「悪い意味じゃなくてさ。なんか、考えてる感じ」くしゃっと笑って言った。考えている。たしかに僕は、よく考えていた。
**死んだばあちゃんのこと**を。
東京で暮らし始めてから、祖母を思い出す回数は増えた。スーパーで半額の魚を見ると、「閉店前が狙い目だよ」と言っていた祖母を思い出す。洗濯物を溜めると、「湿気はすぐカビになる」と怒られた声を思い出す。思い出すたび、僕は少し安心した。ああ、今ごろ祖母のまわりには花が咲いているのだろうか、と。白い花かもしれない。あるいは、庭で育てていたサルビアみたいな赤い花かもしれない。もちろん、本気で信じているわけではない。子ども向けのおとぎ話みたいなものだ。
けれど、人は案外、そういうもので生き延びる。
**二**
五月の終わり、矢野が講義に来なかった。二日続けて休み、三日目の夜に「熱出た」と短いメッセージが届いた。僕はコンビニでゼリーとスポーツドリンクを買って、彼のアパートへ向かった。狭い部屋だった。カーテンは閉め切られ、空気が熱っぽかった。「悪いな」玄関に立つ矢野が呟く。部屋に案内され、矢野は布団の中で掠れた声を出した。「母ちゃんみたい」と。あってそうそうその言葉か、と言おうとしてやめた。その代わりに僕は「それは嫌だな」そう返すと、矢野は笑った。弱々しく。
そのとき、ふいに祖母を思い出した。風邪を引いた夜、額に濡れタオルを乗せてくれた手。薬を飲めと叱る声。夜中、僕が眠るまで起きていた気配。人は誰かにされたことを、別の誰かへ渡していくのかもしれない。常識ではなく、行為として。
「どうした?」
「いや」
僕は少し考えてから「死んだ人って、思い出してもらえるとまわりに花が咲くんだって」と呟く。少し驚いた矢野は「なにそれ」とそれだけ口にした。僕は「ばあちゃんが言ってた」と言い訳のように付け足した。矢野は目を閉じたまま、小さく笑った。
「じゃあ、俺が死んだら思い出して」
「まだ死なないでしょ」
「まあな」
部屋の隅には、飲みかけのペットボトルが転がっていた。窓の外で、電車が通り過ぎる音がした。
**三**
夏になるころには、東京にも少し慣れていた。改札で人にぶつからなくなったし、安いスーパーの場所も覚えた。矢野のほかにも、話す人間が何人かできた。
けれど、ふとした瞬間に孤独は戻ってくる。夕方の帰り道とか、コンビニで二人分のアイスを買っている親子を見たときとか、そういう時だ。そのたび僕は思う。両親のまわりにも、花は咲いているのだろうか。正直、顔はもう曖昧だった。写真の中の笑顔しか思い出せない。小学一年生の記憶は、遠すぎる。それでも、忘れてしまうことと、いなくなることは、同じではない気がした。
秋の夜、アパートへ帰る途中、橋の上で立ち止まった。川面に街の光が揺れていた。風が冷たかった。祖母のことを考えた。病室の匂い。畳の部屋。味の薄い味噌汁。冬になるとひび割れていた手。思い出すたび、細部ばかりが増えていく。人は死んだあと、記憶の中で生活し続けるのかもしれない。
不意に思った。花が咲くのは、死者のまわりじゃない。思い出しているこちら側なのではないか。だから人は、誰かを忘れきれない。忘れてしまったら、自分の中から花がなくなるからだ、と。橋の向こうで、電車が走っていた。窓の灯りが、暗い川を一瞬だけ照らす。僕は息を吐いた。白くなった息はすぐ夜に溶けたけれど、なぜか少しだけ、祖母が笑った気がした。