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昔は夏が好きだった。日が長いおかげで、外で沢山遊べるから。汗をかけるから。風が気持ちいいから。理由は色々あった。私はとにかく活発で友達も多くて、よくいえばポジティブ、悪く言えば脳筋。男子にゴリラ女とか言われても全然傷つかなかったし、だから自分はメンタルが強いんだと思っていた。
中学に上がったときから、少しだけ周りが変わった。少しだけの変化だった。女子と男子の間に少しだけ距離ができて、男子とばかり話していると少しだけ悪く言われて、クラスにカーストというものが発生して、みんな、少しだけそれを気にしていた。私はそんな空気が嫌だった。だからそういうことを完全に無視して学校生活を送ろうとしていた。
それは簡単なものではなかった。
きもいと言われた。みんなに避けられ始めた。友達がいなくなった。
小学校のころからずっと仲が良かった子もあっさり離れていった。
そんなものかと思った。それでも私は自分を変えなかった。だって私は間違ってないから。ここで屈したら、私らしくない。ここで屈したら、私の負けになってしまう。そう思って、ふんばった。きっと、いや絶対に、他の子も前みたいに戻ってくれる。いつになるかは分からないけれど。
でも結局それも全部強がりで、私の強いと思っていたメンタルはゆっくりとバランスを崩していった。当時淡い思いを寄せていた男子に尻軽女とからかわれたことが決定打となり、私は学校に行けなくなった。
動画配信サービスで、リストカットというものをしった。見た時、喉が音を鳴らした。やってみたいと強く惹かれた。ハサミで手首を切ってみた。痛かった。すごく痛かった。ああ、私って何してるんだろ。そう思った。でもやめられなくなった。こんなに痛いのに、こんなに辞められないものって、こんなに、私が生きていることの証明になるものって、ある?
そのときは秋から冬への移り変わりの時期で長袖を着ていたから、親にも誰にも私がこういうことをしていると知られずにすんだ。
親は時折、「勉強だけはちゃんとしなさいよ」と言った。私は頭が悪かった。中1になってすぐに勉強につまづいて、最後に受けたテストでは特に数学が酷く、25点を叩き出した。まだ中1でこれだ。私の人生どうなるんだろう。考えて心が潰されそうになる。だからリストカットに逃げる。そんな日々を続けた。
いつの間にか中2になっていた。先生に「始業式だけでもこない?」と誘われたけど拒否した。私の通う中学校は生徒数が少なく、3年間で一度もクラス替えがない。みんなに会うのは気まずいし、また傷つきたくなかった。それにきっと、みんな、成長してる。私が家に引きこもっていたこの数ヶ月間は空虚で、きっと、私だけ取り残されてるんだろう。きっと、どうしたって傷つくんだろう。きっと。
なんの変化もないまま、6月になった。リストカットは相変わらずやめられなくて、私の手首には常に線が何本も走っていた。
もうすぐ、夏が来る。私はその事が怖くて仕方なかった。半袖を着ることになるから。私の手首が見えてしまうから。かといってずっと長袖を着用するのも無理があった。親に違和感を抱かせてしまう。どうして長袖を着ているの、と聞かれた場合の最適解も思い浮かばない。私はずっと昔から暑がりだし、その性質が急に変わるのも変な話だ。
リストカットをやめるという選択肢はなかった。
7月になって、急に気温が上がった。日中は30度を超え、それでも長袖を着続けるのは厳しかった。ずっとエアコンをきかせるのもまた厳しい。エアコンをつける前に半袖になれよという真っ当な指摘がすぐに飛んでくるだろう。
だから私は、久しぶりに学校の制服に腕を通した。
久しぶりに半袖を着た。
久しぶりに家を出た。
久しぶりに通学路を歩いた。
久しぶりに校舎をみた。記憶よりも汚れていた。
久しぶりにクラスメイトたちの顔をみた。
久しぶりに階段を上がった。
久しぶりの屋上。
久しぶりの空気。
何もかも久しぶりだった。
柵を飛び越えた。
落ちた。
次はきっと、夏が好きになれるよね。
ハピエン🎉