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南サジタリウス町三丁目2-1 【1】
今は夜。
サジタリウス町は星灯の青い光に包まれ、その光を受けて反射した小川は、まるで夜空の様に輝いていた。
しかし、こんなに綺麗な街中でも、人はひとりもおらず、皆家に篭って深い眠りについている。
何故なら、夜はとても危険だからだ。
よだかやカラス、そしてオオカミ。ありとあらゆる凶暴な動物が、活発に活動し始める時間であるから。
そしてなにより、夜には星が出てくる時間でもある。空から星々が落っこちて人々を傷つけてしまうから、夜はとにかく危険なのだ。
夜になると星々は地面に降り注ぎ、やがて火球となり辺りを燃やす。
それを街中でやられたらたまったものではないので、必ず誰かが落っこちた星々を空へおくり返すのだ。
それこそが、"おくりびと"なのだ。
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午前10時ごろ。白銀のボサボサ頭を振り回して、ひとり目を覚ました。
そのひとりの名は『ラヴィカ』。
一通りぼーっとひとつを見つめれば、ブルーマリンの瞳をぱちくりとさせ、ゆっくりと足を動かした。
午前10時ごろ。サジタリウス町の朝はとっくに過ぎている。人々は既に職場に着き、学校へ行き、主婦は商店街に出向いていた。
一見、ラヴィカはそんな中にも馴染めない不適合者とも思えるだろうが、ラヴィカもちゃんとした労働者である。
彼はおくりびとである。
一通り身支度をすれば、ラヴィカは昨日の仕事の後始末を始めた。
「…黒星の核と、太陽のかけらの調査と、その他後処理…」
薄手の手袋をはめ、ゆっくりと黒星の核を砂瓶から取り出し、触れる。核はぼんやりと暖かく、周りは夜空の膜で覆われている。
コンコンと叩けばぽやんと音がして、あたりの周波数を甲高く歪ませた。
音を一通り聞けば今度は核に磁石をゆっくり近づけ、反応を見た後タイプライターをカタカタ鳴らせば、核をまた砂に埋めた。
"黒星、又の名を|悪罪《あくざい》。生物的活動はしないが、空に落ちる時、必ず何かしらの生物を狙って落ちてゆく。そのまま空におくるとまた誰かを狙いかねないので、落ちてきた場合はそのまま破壊すること。今回は調査のため核を持ち帰った。触るとぼんやり暖かく、叩くとぽやんと鳴り、周波数を歪めるほど高い音がする。わずかだが磁力に反応あり。"
また、別の砂瓶から、太陽のかけらを取り出した。かけらの中に炎が閉じ込められているものの、不思議と熱くない。一回叩くとかけらは割れ、外から炎が液体となって溢れ出てきた。
「あっ…ちょ熱熱!!あっつ!!!」
急いで瓶の中に戻したものの、ひとつの炎はそのまま逃げ出してしまい、机の上にぽっかりと小さな黒い穴を開けた。
「…やべ〜…またレンに怒られる…」
ラヴィカは砂瓶を握りしめ、悲しそうにした。
噂をすれば、そのレンとやらはやってきた。
「またやらかしたんですか…」
茶色で長い髪を揺らしながら、眠たそうにレンは出てきた。
レンはラヴィカと違いおくりびとではないが、ラヴィカと共に働くしがない青年である。
ぽさぽさした頭を押さえながら、後ろ髪をくくり、レンはラヴィカが書いてきた資料を片付け、まだ焼けている机に水をかけた。
「やる時は準備をちゃんとしてからって言ってるじゃないですか。」
レンは机と床をふきんで拭き、店の受付の準備を始める。
「…まぁ、一通り調査はできた、ごめん、レン。」
ラヴィカは腹の虫が悪そうに、もどもどしく言った。
「次から気をつければいいんですよ。」
気づけば時計はてっぺんを指していた。
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サジタリウス町の南にある小さな商店街の一画に、その店はある。
店名は看板がどれもさびきってわからないものの、その店はおくりびとの店だという。
サジタリウス町唯一であり、どのおくりびとよりも良心的で、人々にとってはありがたい存在だと言う。
その店の店主こそがラヴィカである。
そもそもおくりびとの店とは、何をする店なのか。
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星とはもともと死んだ誰かであった。
もちろん全てがそうとは限らない。白い星は例外で、もともとの星であり、命ではないことがわかっている。
赤や青といった色のついた星は、その誰かの星であり、記憶である。
その今は亡き人の記憶を求める人々が、おくりびとにその星を求め、おくりびとに頼むのだ。
おじの記憶を、母の記憶を、自分に渡してくれと。
誰かに星をおくるのも、おくりびとの使命なのだ。
12時ごろ。ラヴィカは店を開いた。
店の裏でレンは暇そうに片付けをしていた。
すると、レンのつま先にこつんと金色の何かが当たった。
「ラヴィカさん。いつも思ってるんですけど、これなんですか?」
金色の何かは機械の様だった。地球儀の様な形をして、少しさわればくるくる回る。
「あぁ。昔使ってたやつだよ。もう捨ててもいいかな。」
ラヴィカはカウンターから振り向きそう言う。
「何に使ってたんですか?」
レンはラヴィカにそう問いかける。
「星診断機だよ。死者の星が何色か見るの。」
ラヴィカはカウンターから何かを取り出す。
取り出したものは透明な石板の様なものだった。
「今はこれがある。こっちの方が早いしね。」
レンは少し複雑そうに顔を歪ませた。
「…でも、立派ですし、ただ捨てるのは勿体ないですよ。」
ラヴィカは少し悩んだ様に、こう答えた。
「店の裏に使ってない倉庫がある。そこにしまっとこう。」
レンは診断機をよっと持ち上げる。
「ついでに、散らかしてる物もしまっちゃいましょ。」
「おう。」
今度は忙しなく、レンは動き始めた。