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人生はシステムエラー
ハッサンは暗証番号の入力も再発行もことごとく失敗した。スマホのパスワードリマインダーに記録した暗証番号も役に立たない。
「システムエラーです」しか表示されない。
もう何もやっても無駄だった。そして、ハッサンは思いつく限りの方法で、必死になって探した。
だが、それでも見つからないのだ。……どこを探してもないのだ。
この世に存在しないというのか? そんな馬鹿な! あるはずがない。絶対にないはずだ。
ハッサンは、その日一日を絶望と恐怖に支配されながら過ごした。
それから数日後のこと。
ハッサンがいつものように出勤すると、社内の雰囲気が何やらおかしいことに気がついた。
社員たちが皆、暗い顔をしている。何かあったのか? ハッサンはそう思った。だが、その疑問はすぐに解けた。
同僚から聞いた話によると、どうやら社長が亡くなったらしいのだ。
それも過労死だったという。
ハッサンはその話を聞いた時、心の底から驚いた。同時に、あの社長のことだから、きっと無理をして働き続けたに違いないと思った。
社長は、
「わしが死んだら会社は潰れるぞ!」
などとよく言っていたからだ。
だが、まさか過労死だとは……。
過労死なんて言葉はハッサンにとって初めて聞くものだった。
過労で死ぬなどとは考えたこともない。そんなことはあり得ないと思っていた。
ハッサンには信じられなかった。
「過労死なんて、あり得ねえよ」
ハッサンはそう言った。
しかし、それが現実に起こったことなのだ。紛れもなく事実だ。
ハッサンは、自分の会社の社長が過労死したという事実を受け入れることができなかった。
信じたくなかった。認めたくもなかった。
社長が死んだ?過労死だって? バカを言うんじゃないよ。
そんなことがあるわけないだろう。
だが、いくら否定しようとしても、事実は変わらない。
社長は死んだのだ。過労死したのだ。
ハッサンの心の中にあった希望が一瞬にして消え去った。
これから先、どうやって生きていけばいいんだ? 何を支えにすればいいんだ? これからどうしたらいいんだ? そんなことを考えていると、涙が込み上げてきた。ハッサンは人目も気にせず泣いた。泣いて泣いて泣きまくった。
その時ハッサンの頭に浮かんできたのは、あの忌まわしきパスワードのことだった。
そうだ。あれがあったじゃないか。あのパスワードさえあれば、社長が作ったファイルを見ることができる。あのファイルの中には、きっと社長の秘密のデータが入っているはずだ。それを見れば、社長の死の謎を解くことができるかもしれない。
ハッサンは早速社長の部屋に向かった。
ドアを開けると、そこはガランとしていた。家具もほとんどなく、机の上にパソコンがあるだけだ。
ハッサンは部屋を見渡した。そして、すぐにデスクの上に置いてあるノートパソコンを見つけた。
それは社長の使っていたものだ。ハッサンはそれを手に取った。電源を入れると、起動するまでの間に急いでフォルダを開いた。そして、その中から目的のファイルを探し始めた。
だが、なかなか見つからない。どこにあるんだ? 焦りばかりが募っていく。……あった! やっと見つけた。
そこには、社長が自分の仕事に関する様々なデータを保存していた。
その中に、社長の残した秘密データもあった。
そこに書かれていたものは、まさに驚くべき内容だった。
なんと、社長の死因は自殺ではなく他殺によるものだというのだ。
しかも、犯人はまだ捕まっていないという。
一体どういうことだ?なぜこんなことになったんだ? ハッサンは頭が混乱してきた。
だが、このデータは重要な証拠になるだろう。これを警察に持っていけば、きっと捜査に役立つに違いない。
よし、このことを早く警察に伝えよう。
ハッサンはすぐに会社を出て行こうとした。
だが、ハッサンが部屋の外に出ようとした時、ふとある考えが浮かび上がった。
このまま黙って出て行くべきだろうか?……いや、待てよ。これは逆にチャンスなんじゃないか? ハッサンは思った。
そうだ。ここで俺がいなくなったら、誰がこの会社の面倒を見るっていうんだ? 誰もいないじゃないか。社員たちは皆辞めてしまったし、残っているのはパートタイマーくらいだ。それももうすぐクビになってしまう。そうなれば、俺は失業者だ。無職になり、収入ゼロの生活が始まるのだ。それじゃあ困る! ハッサンは慌てて引き返した。そして、パソコンの前に座ると、再びキーボードを叩き始めた。
こうして、ハッサンは殺人を犯すことに決めたのだ。
2 ハッサンは今、都内某所にある高層マンションの一室にいた。
ここは、以前ハッサンが住んでいた家である。今はここに一人で住んでいる。
ハッサンは自分のスマホを手に取ると、その画面に表示された時刻を見た。午後七時半を少し過ぎたところだ。そろそろ時間かな……。
ハッサンはそう思うと、玄関へと向かった。
そして、ゆっくりと扉を開く。
すると、目の前にはスーツを着た一人の男が立っていた。
男は四十代半ばといった感じで、背が高く痩せていた。顔色が悪く、どこか陰気な雰囲気をまとっている。
ハッサンはその男のことをよく知っていた。
名前は鈴木秀一。職業はシステムエンジニア。
彼はハッサンの部下であり、上司でもあった。
ハッサンはいつものように明るく挨拶をした。
しかし、相手からの返事はない。
その代わり、
「お久しぶりです」
という声だけが聞こえてきた。その声は何日も喋らなかった人間がようやく言葉を発したかのような弱々しいものだった。そして、その後、しばらく沈黙が続いた。まるで、ハッサンの顔を見て驚いているかのように見えた。……そういえば、最近全然会っていなかったっけ。
「中に入ってくれよ」
ハッサンが言うと、
「え?」
鈴木はやや戸惑いながらも、言われた通りに部屋に入ってきた。そして、恐る恐るというふうにリビングへと歩いていく。……何か様子がおかしい。
ハッサンはそう思いながら、その後に続いた。
「あの……」
テーブルを挟んで正面に座った時、鈴木は突然口を開いた。しかし、そこで言い淀んでしまう。それから、しばらくしてもう一度何かを言いかけたが、「いえ、何でもありません」と言って俯いてしまった。
どうしたというんだろう? ハッサンには訳がわからなかった。
「どうかしたのか?」
ハッサンが訊ねると、
「あの、どうして急に僕のことを呼んでくれたんですか?僕なんかのこと……」
そんなことを言う。……なんだ。そんなことか。
ハッサンは拍子抜けした気分になった。もっと深刻な話だと思っていたからだ。
「そりゃ決まってるだろ」
「何がですか?」
「決まっているだろう?……おまえに会いたかったからだよ」
「……え?」
鈴木は驚いたような顔をして、ハッサンの方を見る。
「そんなこともわかんねえのかよ。だから、俺はずっと前からおまえと会いたいと思ってたんだよ」
そう言った時、ハッサンは鈴木のことが好きなのだということに初めて気づいた。
3 話は数年前に遡る。ハッサンがまだ独身の頃、会社で飲み会があった時のことだ。ハッサンは会社の人間と一緒に飲んでいて、
「彼女ができたらどうする?」
という話になった。
その時、ハッサンの隣に座っていた鈴木がこう言った。
「結婚はしないと思います。だって僕は子供が苦手なので」
その時、ハッサンは思った。こいつは子供ができない体なのだな……と。それで、
「子供ができなくても大丈夫だ」
と言ったのだが、なぜか相手にされなかった。きっと変人だと思われたに違いない。それ以来、ハッサンはずっとそのことを気にしていた。それからというもの、ハッサンはますます女性に興味が持てなくなった。
そんなある日のことだった。
「ちょっと頼みがあるんだけど」
仕事を終えて帰ろうとした時に鈴木が近づいてきて、そんなことを言った。ハッサンは嫌な予感がした。そして、案の定それは当たった。
鈴木はハッサンに向かっていきなり土下座をし始めたのだ。
「お願いします!一緒に暮らしてください!」
そう言って泣き出す始末だ。これにはさすがのハッサンも呆れた。
しかし、なぜそんなことになったかという経緯を聞いた時には、怒りを通り越して笑いが込み上げてきた。なんでも鈴木には妻子がいたらしいのだ。だが、
「離婚したいんで手伝ってくださいよぉ~」
などと言われても困ってしまう。ハッサンは必死になって断った。
だが、鈴木は全く引き下がる気配がない。しまいには、とんでもないことを言ってきた。
それは、「金を貸してほしい」というものだったのだ。
「いくら必要だ?」
ハッサンはため息混じりに言った。そして、ポケットの中から札束を取り出すと、それを相手の方に差し出した。
しかし、鈴木はなかなか受け取ろうとしなかった。ハッサンはイラつき始めていた。だが、ここで怒ったりすれば面倒なことになると思い、
「早く受け取ってくれないかな」
そう言った。
ところが、鈴木は一向に動かなかった。
仕方なく、ハッサンはさらに強く押し付けた。すると、鈴木はようやくそれを掴もうとしたが、手の動きに合わせて引っ込めてしまった。……ふざけやがって!
「わかったよ。じゃあ貸さないよ」
ハッサンは立ち上がって歩き出そうとした。だが、次の瞬間、腕を強く引かれた。
振り返ると、鈴木がハッサンの手を握っている。
「ごめんなさい!ごめんなさい!もう二度とあんなことは言いません!許してください!お願いです!……うぐっ!うぅ……。助けて……」
ハッサンの腕を痛いほどに強く握りしめたまま、今度は号泣を始めた。ハッサンはそれを見ると力が抜けたようになり、再びその場に座り込んだ。
結局ハッサンは、
「本当に頼むよ」
と言いながら泣き続ける鈴木の手に金を握らせた。
鈴木はそれを大切そうにバッグの中に入れると、泣き止んだ。そして、すぐに別れを告げると帰って行った。
4
「あの時はとても助かりました」
ハッサンの家を出ると、
「実は僕もあなたのことを気になっていたんですよ」
鈴木は笑顔でそんなことを言った。……そうだったのか。ハッサンは思った。……それにしてもひどいヤツだな。俺があの後どれだけ苦労したかわかるか? ハッサンは少し腹立たしく思ったが、
「そうか。それならよかったよ。これからもよろしくな」
そう答えた。
だが、その直後、ハッサンは後悔することになった。
なぜなら、ハッサンが家に帰ろうとすると、鈴木が後ろについてきたからだ。ハッサンは無視しようとしたが、相手は諦めようとせず、
「どこに行くんですか?僕も行きますよ」
などとしつこく言ってくる。ハッサンはムカついた。
「いい加減にしてくれよ!俺はもう疲れてるんだ!これ以上俺につきまとうんじゃねえ!帰れよ!バカ野郎!もう二度と来るな!この変態が!気持ち悪いんだよ!このクソホモ野郎が!死ね!消えろ!クズ!ゴミ!カス!」
ハッサンは怒鳴った。だが、それでも鈴木はついてくる。それどころか、ハッサンの後を追いかけるように走り出しさえしたのだ。
「なんなんだよ!?てめえはよおおお!!!」
ハッサンは叫んだ。だが、鈴木は止まらない。
ハッサンは走った。全力で逃げた。
しかし、鈴木はハッサンよりも足が速かった。ハッサンはすぐに追いつかれてしまった。
「離せよ!!触るな!!!」
ハッサンは暴れたが、相手はビクともしない。
「やめろっ!!離せってばあああっ!!!」
ハッサンは抵抗したが、無駄だった。
そして、
「あああああぁっ!!!」
ハッサンは叫び声を上げた。
5 ハッサンは目を覚ました。全身汗まみれだ。呼吸も荒くなっている。
夢……?ハッサンは思った。……そうだ。あれはただの夢だ。そうに決まっているじゃないか。
「ハァ……」
ハッサンは大きく深呼吸をした。そして、ゆっくりと起き上がると、キッチンへと向かった。コップに水を注ぎ、一気に飲み干す。……よし、落ち着いたぞ。
時計を見た。午前十時を少し過ぎたところだ。今日は日曜日だから、
「もう少し寝るか……」
ハッサンはそう呟くと、またベッドに戻った。……それから数時間後のことだ。ハッサンは突然激しい腹痛に襲われた。
「なんだ?これは……?」
ハッサンは苦しそうな表情を浮かべると、トイレへと向かった。そして、そのまま嘔吐した。
「なんだ?何が起きたっていうんだ?」
ハッサンは混乱した。だが、そんなことを考えている余裕はないようだ。ハッサンはその後も何度も吐き続けた。
それからさらに数十分が経過した頃、ハッサンの意識は遠のいていった。
6
「あの……大丈夫ですか?」
誰かの声が聞こえる。……誰だろう?そう思いながら目を開けると、見知らぬ男がこちらを覗き込んでいた。
「あなたは……?」
ハッサンが訊ねると、男はこう言った。
「私は弁護士です」
「……弁護士?」
「はい。あなたに損害賠償請求をしたいと思っているのですが」
「そうきゅう?」
なんだ?それは?……わからない。聞いたことがない言葉だ。
「すみません。よく意味が……」
ハッサンがそう言うと、男は何も言わずに立ち上がった。そして、部屋を出て行く。ハッサンはその男の背中を見つめながら、呆然としていた。
7 それから数日が経ったが、ハッサンには相変わらず変化がなかった。何も食べず、眠らず、ずっと同じことを繰り返す日々。まるでゾンビのように。
しかし、ある日のこと、ハッサンは自分の体に変化が現れたことに気づいた。……空腹だ。ハッサンは突然猛烈な空腹感に襲われると、部屋の中をウロウロし始めた。それから数分が経過した後、ハッサンは再び冷蔵庫の前に立つ。そして、冷蔵庫を開けようとしたのだが、どういうわけだか扉をうまく引くことができないようになってしまったのだ。……おかしいな? 何度試してみても同じだ。そこで、ハッサンは諦めることにした。……だが、それだけでは終わらなかった。
次にハッサンは窓を開けたくなったのだ。しかし、やはり開かない。
それからしばらくして、ハッサンはドアノブを回そうとしたのだが、
「ん?……え?」
なぜかその前に勝手に開いたのだ。
何が起きているのかサッパリわからなかったが、ハッサンは外に出た。すると、外には数人の人間が立っていた。皆スーツ姿の男ばかりである。そのうちの1人がハッサンの方を見て、
「おい!お前何してるんだ?中に戻れよ」
と言った。
「はい」
ハッサンは素直に従った。そして、部屋に戻ってきた。……いったいどうなっているんだろう? ハッサンは不思議に思ったが、それ以上考えるのをやめた。
「それで、どうなりましたか?」
ハッサンは質問する。
「どうなったって、それはこっちが聞きたいくらいだよ」
弁護士を名乗る男はそう言った。
8 それから数日後のことだった。ハッサンがいつも通り会社に向かうために家を出ようとすると、
「おはようございます」
一人の若い女が挨拶してきた。
「お、おう」
ハッサンは戸惑った様子で返事をする。すると、女はニッコリ笑って、
「どうしたんですか?そんな顔しちゃって」
そう言った。
「べ、別になんでもないよ」
ハッサンは動揺した。まさか自分の妻だとでもいうのだろうか?
「じゃあ、行ってきます」
ハッサンはそう言って、逃げ去るように玄関を飛び出した。
9 ハッサンは家に帰ってくると、テレビをつけた。
「続いてのニュースです」
女性アナウンサーがそう言った。
「はい」
「昨夜未明、○○市の路上で男性の遺体が発見されました」
「え?」
ハッサンは驚いた。……遺体だって?どうしてそんなことに?
「発見されたのは30代前半の男性で、死因は窒息死だと思われます」
「……そうなのか」
ハッサンはホッとした。だが、次の瞬間、ハッサンはあることに気づき、再び恐怖に襲われた。……そういえば、ここ最近自分がどうやって生活しているのか思い出せないぞ?
「まさか……俺も……死んでるのか……?」
10 ハッサンは、自分の身に一体何が起こっているのか理解できなかった。
自分は間違いなく生きているはずだ。なのに、なぜこんなにも不安な気持ちになるのだろう? ハッサンは考えた。だが、考えても答えは出てこない。
「仕方がない。あの人に訊いてみるか」
ハッサンはそう呟くと、立ち上がった。そして、部屋を出ると、あの女のいるはずのリビングへと向かった。
「……あれ?いないな」
ハッサンは首を傾げた。どこに行ったんだ?……その時、
「ハッサンさん!」
という声が聞こえてきた。ハッサンが声の方に視線を向けると、そこにはあの若い女がいた。
「あんたか。ちょうどよかったよ。ちょっといいかな?」
ハッサンは笑顔で言うと、自分の方へ来るように手招きした。そして、
「あのさ、一つ教えて欲しいことがあるんだけど」
そう言いながら、女の顔をじっと見つめた。だが、女は何の反応も示さない。
「あれ?……もしもし」
ハッサンはもう一度呼びかけてみた。だが、それでも反応はなかった。
「あのー」
今度は少し大きな声で言った。だが、それでもダメだった。
どういうことだ?ハッサンが困惑していると、女は突然動き出した。
11 ハッサンは目を覚ました。いつの間に眠ってしまったんだろう。ハッサンは起き上がると、辺りを見渡した。「なんだか変だな」
ハッサンはそう思った。妙な夢を見たせいで、少し混乱していたのだ。
「とりあえず、少し散歩するか……」
ハッサンは立ち上がると、玄関に向かった。
12 ハッサンはマンションを出た。そして、ゆっくりと歩き始める。……そういえば、もうすぐ昼飯の時間だな。何か買って帰るか。ハッサンはそう思った。
そして、近くのコンビニに入ろうとしたところで、「あ、そうだ」と思い止まった。
「そういえば俺、金持ってなかったっけ……」
ハッサンは呟いた。困ったな。どこか店で食事しようと思ったが、お金を持ってないことに気づいてしまった。だが、このまま家に帰るというのも気が引ける。ハッサンはしばらく悩んだ後、結局諦めて帰ることにした。
13 ハッサンが自宅に向かって歩いていると、突然前方から、
「お兄ちゃん!」
という声が聞こえてきた。ハッサンは足を止めた。誰だろう?そう思いながら、前を見る。すると、目の前に小さな女の子が現れた。年の頃は5歳くらいだろうか?髪が長くて、赤いワンピースを着ている。
「君、誰?」
「あぶない!自爆テロリストだ!!」
誰かが叫んで大爆発が起きた。ハッサンは吹き飛ばされて血まみれになった。「……痛っ」
ハッサンはそう声を出すと、目を覚ました。
14 ハッサンが目を覚ましたのは、ベッドの上だった。……なんだ?俺はいったい何をやっているんだ? ハッサンは思った。そして、上半身を起こした。そうだ。確か仕事に行く途中だったはず……。ということはここは会社の中か?ハッサンがキョロキョロと周りを見渡すと、パソコンの画面が見えたので、ホッと胸を撫で下ろした。
そうだ。これは夢なんだ。……しかし、それにしてもリアルな夢だな。ハッサンが苦笑を浮かべていると、後ろの方で物音がしたので、振り返ってみたところ、鈴木の姿が見えた。……なるほど。そういうことか。ハッサンは納得した。……だが、そんなハッサンとは対照的に、鈴木の顔には明らかな恐怖の色が浮かんでいた。どうしたというのだろう?……ハッサンが不思議そうに見つめていると、突然、部屋の扉が開いた。そこから現れたのはあの弁護士の男だ。ハッサンがその姿を認識すると同時に、男はこちらに向かって駆けてくると、いきなり抱きついてきた。……おい、どういうつもりだよ?ハッサンは抵抗しようとしたが、体が動かない。そこでハッサンは気づいた。そういえば、俺、首だけになってたっけ……と。
15
「おい!ハッサン!起きろよ」
誰かの声が聞こえる。
「……ん?」
目が覚めた。「大丈夫か?」
ハッサンが目を開けると、そこには心配そうな表情をした同僚の姿が映っていた。
「あ、ああ……」
ハッサンは弱々しい口調で答えると、ゆっくりと立ち上がった。
「……どうなってるんだ?」
ハッサンは呟く。すると、同僚は不思議そうにこちらを見つめると、
「何言ってんだよ?お前が倒れたっていうから来たんじゃないか」
と言った。
「倒れ……た?」
ハッサンは首を傾げると、自分の体を見回してみた。
「……あ」
そこでようやく気がついたのだが、ハッサンの首はすでに元に戻ってたようだ。……なんだ。ただの悪い夢だったのか。
ハッサンは自分の机の上に座ると、頭をかきながら天井を見上げた。
16……それから数年後。ハッサンが久しぶりに実家に戻ることにしたのは、ある噂を聞いたからだ。なんでも最近、自分の妻と娘を殺した犯人が逮捕されたらしいのだ。だが、不思議なことに犯人の名前は報道されていないようだったが、まあいいか。そう思って家に帰ることにしたのだが、まさかそれが現実になってしまうとは。……それから数週間後のこと。ハッサンの元に1本の電話がかかってきたのだが、それは例の男が逮捕され、刑務所から出てきたというものだったのだ。
「それでねー!今度のテストの点数が悪くてお父さんとお母さんがカンカンになっててさぁ!」
「はははは」
「聞いてる!?おとうさん!」
「え?あ?ごめん」
ハッサンは自分の娘の話を聞き流しながら、必死で笑いを押し殺していた。……そう。実はハッサンの娘は、ハッサンがかつて殺した男の娘なのだ。……まったく、人生何が起こるかわかったもんじゃないな。ハッサンは思った。
この物語はフィクションです。実在の人物・団体等とは無関係です。