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序 封印からの解放、解放のための縛り
3周年記念。明日から毎日朝と夜の7時に投稿予定。
「『|焼き尽くせ《フラウロス》』!」
「――消えろ」
俺の言葉に従って炎が現れ、目の前の相手――邪神を包み込む。が、それはすぐに霧散した。現象になる前の状態――『邪気』と呼ばれるエネルギーに還る。
「『|奪え《シャックス》』」
邪神に邪気を取り込まれる前に奪い返す。
「チッ」
舌打ちし、邪神を睨みつけた。
ずっと前からこれの繰り返しだ。俺が邪術を発動し、邪神が分解して、俺が奪い返す。
邪術の発動に使った邪気のほとんどは回収できるが、奪い返す時に消費する。そのため、時間が経てば経つほど俺が不利になっていく。
邪気を固めて仮初の剣を作り、大きく踏み込んだ。地面が砕け、瓦礫が舞う。
邪神は動かず、剣を一瞥するだけ。邪神に刃が迫る。
なぜ抵抗しないのかは分からないが、ようやくまともに一撃入れられそうだ。
そう思ったのも束の間、次の瞬間には俺の手から剣の重さが消えていた。
邪神が拳を振りかぶる。俺は剣を振ろうとした体勢のまま。加えてこの至近距離。
防げない。避けられない。
「『|奪《シャッ》――」
せめて剣に使った邪気は取り戻そうと、邪術の名前を唱えた。その途中で拳が腹部にクリーンヒット。
「――がっ」
息が漏れ、体が吹っ飛ぶ。
ここは荒野。俺の体を受け止めてくれるものなどない。
落ち着け。体勢を立て直せ。
なんとか頭を上に、足を下にして着地できた。
勢いを殺し切れず、体が後ろに引きずられた。
「くそっ」
最初の距離に戻された。遠距離じゃ勝ち目がないってのに。
逃げるという選択肢はない。逃げたところで、どうせすぐ見つかる。隠れる場所などないからだ。
とにかく前に出ろ。
「『|癒やせ《マルバス》』」
踏み込み、邪術で傷を治す。これでダメージはなくなった。さっきと同じように戦える。
邪神が近づいて見える。このまま拳を突き出せば、勢いがそのまま攻撃力になるだろう。
俺は左の拳を振りかぶり、邪神は防御のために腕を交差させた。
俺の口角が上がる。まんまと引っかかった。
――右手を左腰の辺りに伸ばし、剣を引き抜いた。
後半歩もない至近距離。邪神はとっさに後ろに引こうとするが、もう遅い。
確かな手応えと共に、邪神の腕が宙を舞った。血飛沫が飛び散り、地面を赤く汚す。
交錯。
俺は剣を振って血を払い、邪神を振り返った。
「答えろ」
掠れた声だった。
俺は追撃せず、黙って続きを促す。
「なぜ、俺の力を欲す?」
「決まってるだろ?」
小さく息を吐き、続きを口にした。俺が地獄の住人を皆殺しにした理由を。生まれた時からの夢を。
「外を見たいからだ!」
吠える。
邪神が一瞬で距離を詰め、俺に殴りかかってきた。手にした剣で防ぐが、とっさのことでうまく力が入らない。
歯を食いしばって、邪神の力を受け止めた。足が地面にめり込み、体が後ろに下がる。
初めての邪神からの攻撃に、冷や汗が溢れた。
このままじゃ押し切られる。受け流せ。
邪神の拳が地面を穿ったのと、俺の剣が半ばから折れたのは、ほとんど同時だった。
「一つ、約束してくれ」
邪神が俺の耳元でささやく。
「俺の力を受け継ぐということは、俺の役目も受け継ぐということ。最低限で良い。世界の維持管理を行ってほしい」
「分かった」
俺は、間髪入れずに答えた。そんなこと、お前を倒すと決めた時から覚悟していたさ。
「それと、これは約束に関係ない個人的な頼みだが……聞いてくれなくても構わない」
「聞こう」
俺をここから解放してくれる恩人の頼みだ。聞くのが筋だろう。
「主神を――俺の弟を頼む」
邪神は俺の返事を聞かず、俺を突き飛ばした。
もう一度拳を握りしめ、俺に向かってくる。ゆっくりと、わざとらしく。全然本気じゃない。
俺も折れた剣を邪神に向け、踏み込む。
邪神の拳を半身になって躱し、剣を邪神の胸元へ突き刺した。
邪神から血が溢れるが、それには目もやらずに邪術を発動した。
「『|奪え《シャックス》』」
邪神から、世界へ接続する権利を奪う。
俺以外、誰もいない地獄の空を見上げた。
赤い月が、俺の影を作っている。
この月を見るのも、これで最後か。
無垢なる者が住まう人間界。
魔に魅入られた者、魔の力を御す者が住まう魔界。
そして、邪に属する者が封じられた地獄。
遥か昔に起きた、邪神と主神が争った大戦。その大戦で邪神についた者たちを、創造神が地獄に封じた。
それから、どれだけの時間が経ったか。
「開け『|世界支配《キマリス》』」
邪神の力と、地獄の住人を倒して集めた力。それらを併用し、神を殺した俺は外に出た。
息を吸って、吐く。地獄の空気と違い、空気が軽くて動きやすい。今考えてみると、地獄には邪気が満ちていて、四六時中動きが阻害されていたのかもしれない。
数回深呼吸した俺は、邪術を使おうとした。
「『|飛行《アンドレアルフス》』……ん?」
が、発動しない。これは、邪術の発動が阻害されているというより――。
「……最悪だ」
邪気そのものが抑えられている。十中八九、主神の仕業だ。
「決めた」
俺の自由な生活を邪魔してくれるとは。こちとら、何百年、何千年と自由を望み続けたんだ。
それに、邪神との約束も果たしたい。
「絶対に、一発殴ってやる」
主神を殴ることを、心に決めた。
邪神の頼み事とは真逆のことだが、殺すわけでもない。一発ぐらい、別に良いだろう。