公開中
皇帝の傍らで
大層な着衣の胸に“エルド・ウィット”と札を下げた金髪の男性を見る。
鏡の中の私、エルドはこの巨大な宇宙戦艦“インペリウス”の通信士官だ。
数えきれない星系を統べる銀河帝国の中でも、この艦は皇帝直属の旗艦であり、その威容は圧倒的だった。
この艦を指揮する方こそ、我らが皇帝陛下、世間では畏敬を込めて“宇宙戦艦を指揮する皇帝”と呼ばれる御方。
そして、私の役目は、通信ブースから一歩も出ず、彼の下す命令を各セクションへ正確に伝達すること。極めて重要だが、同時に極めて地味な《《脇役》》の仕事に過ぎない。
指令室の巨大なメインスクリーンには、常に宇宙の戦況が映し出されている。
その中心で、ただ一人、揺るぎない存在感を放っているのが皇帝陛下だった。彼の立つブリッジは、私から見れば天空の舞台のようにも思える。
「敵艦隊、第三象限より接近中。標準防御シールドを最大展開」
低く抑揚のない声がスピーカー越しに響く。私は即座にそれを各所にリレーした。
「了解、第三防御セクション、シールド最大展開!」
皇帝陛下は、感情を表に出すことはほとんどない。常に冷静で、盤石の戦略眼でこの巨大な|鉄の塊《インペリウス》をまるで手足のように操る。
彼が微かに顎を引くだけで主砲が火を噴き、指を一本動かすだけで無数の僚艦が隊形を変える。
その統率力、指導力、そして孤独なまでのカリスマ性に、私は心の底から憧れている。
私のような末端の通信士官から見れば、皇帝陛下はもはや人間というより、神話に出てくる存在に近い。
いつか私も、あのブリッジで、宇宙の命運を左右するような決断を下せる人物になりたい。英雄として、歴史に名を刻みたい。
だが現実は、日々の単調な任務の繰り返しだ。通信士官エルド・ウィット。それが私の今の名前であり、役割だ。
その時、激しい戦闘の最中、通信回線が混乱に陥った。いくつかの重要なセクションとのリンクが切れてしまったのだ。
指令室がざわめく中、私は必死で復旧作業にあたった。汗が目に入り、焦りで手元が震える。
「急げ、エルド通信士官!」
と上官の怒鳴り声が飛ぶ。
その時、ふと視線を感じた。ブリッジを見上げると、皇帝陛下が私の方を一瞬だけ見ていた。その視線は冷たいわけでも、怒っているわけでもなかった。
ただ、すべてを見通すような、静かな眼差しだった。
次の瞬間、私の指先が奇跡的に正しいコードを繋いだ。回線が復旧し、各セクションから安堵の声が上がる。
「素晴らしい」
スピーカーから、皇帝陛下の声が聞こえた。私に向けられた言葉ではないかもしれない。
だが、私は勝手に自分に向けられた言葉だと解釈した。私の心臓は高鳴り、全身に熱が駆け巡った。
皇帝陛下の隣に立つ英雄にはなれないかもしれない。ブリッジに立つ指揮官にもなれないかもしれない。
でも、この広大な宇宙戦艦“インペリウス”という物語の中で、私は“脇役”なりに、陛下を支える重要な歯車の一つなのだ。
私は再び受話器を握りしめた。
「全艦に通達!皇帝陛下より新たな命令だ!」
私が見上げる遥か頭上では、“宇宙戦艦を指揮する皇帝”が、今日も静かに宇宙を睨みつけている。
私は、その偉大な光の傍らに咲く、小さな花であり続けたかった。