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#6:月下臨戦
「そういう意味だったのか!」
「遅いんだよ、今から意味が分かっても!とりあえず亜里沙と晴さんは退避して!」
手に持っていた剣でソレイユは飛びかかってきたギルティをいなす。無防備なこちらに標的を向けたギルティもいた。
咄嗟にしゃがむ。頭の上を生暖かい風が撫でていって、その気持ち悪さに小さく声をあげてしまう。
「えっと……はい!スマホスマホ!とりあえず連絡して、誰でもいいから!関係者の連絡先しか入ってないから!」
「え?」
突然スマートフォンが投げ渡された。運悪く私の手が投げ渡されたものを弾き飛ばして、運良く晴さんがキャッチする。
「あ、もしもし!本拠地近くのイレブンセブン前。|黄色《・・》!戦闘員はソレイユのみ!応援求む!」
奴らに見えないよう、後退しつつ適当な物陰を探す。やけにガラス部分が曇った公衆電話の影に、晴さんの後ろにて息を潜める。
「黄色って……なんですか?」
「うーん、詳しく説明することは出来へんねんけど、言うなれば種類みたいなもんやな。『黄色』っちゅうのは一番多く現れるやつ。弱いし人に危害を積極的に加えるわけやないけど、物とか壊したりするからやっかいねんな。」
「種類、ですか。」
一度逸らした視線を、もう一度奴らに向ける。
こうして観察してみると、うさぎのような形に見えなくもない。黄色で兎。連想したものは私の真上で呑気に輝いていた。
黒い犬、私の足を噛み切ったやつとは別種らしい。正直、こんなに危険な怪物がホイホイ現れるとは思ってもみなかった。
少し遠くの方からまだ、剣(もしくは魔改造ナイフ)をぶつける音が聞こえてきた。一筋縄ではいかないようだった。
何か、手伝えることはないか。少しずつ、頭を公衆電話ボックスから覗かせてみる。
数は確かに減っている。べちゃりとアスファルトに黄色の体液が付着していた。黄色いインクを思いっきりぶちまけたような光景だった。
やがて、それは地面に吸い込まれていく。水が花壇の土に染み込むように。
ただ、次から次へとインクは飛んでくるので、「綺麗になった」という感じはしない。
「うおっ。」
公衆電話の側面にも飛んできた。インクだけではなく、本体もセットだった。
形容しがたい鳴き声を残して、少しずつ公衆電話の側面から滑り落ちる。
「数、多いですね。」
「こいつら、群れで行動するからな。基本的に2桁は超えてるんや。」
質より量、ということなのだろうか。
新米隊員(本人談)であるソレイユ、それから本職がクリエイターであるメルさんでも撃退できるレベルだった。
しかし、量が量なのだ。
減らしても減らしても、一向に楽になっているような気がしない。
「……やっぱり外出なきゃ良かった。だから僕言ったのにさ。」
人間もそれに近しい生命体も通れないような細い隙間。そこからにゅるにゅると、黄色のギルティが路上に飛び出してくる。
「ちょっと、まだなの増援!?」
「さして離れてへんし、もうじき来ると思うんやけどな……?おっと、頭引っ込めて!」
「は、はい!」
また奴らが飛んできた。
「わっ、そっちに飛ばしちゃった!?」
どうやらソレイユが飛ばしたらしい。やってしまった、と言いたげな顔をこちらに向けるも、胸にダイブしてきたギルティを対処し始めたのですぐに顔は見えなくなった。
先ほどの個体とは違って、公衆電話ボックスに叩きつけられても無事だったらしい。
ネズミのような甲高い声をあげると、早速こちらに突進してきた。
「あらら。ここももう安全地帯とちゃうみたいや。」
ヘイトを向けられた晴さんはひらりと奴を避ける。動きが完全に慣れている人間のものだった。
「次はこっちかよ!」
何とか右斜め前に離脱することができた。ギルティと衝突したガードレールの塗装が一部剥がれる。
あれとまともにぶつかったら……考えたくもない。
とりあえず逃げろ。もうすぐ増援が来るはずだから、それまで逃げろ。撃退は考えなくてもいい。
大きさもうさぎ大なギルティは、まだまだ遊び足りないとばかりにもう一度飛びかかってくる。
足は調整してもらったので、ある程度は動ける。今度は左斜め前に移動して事なきを得た。
逃げ回りながら、盾になりそうな大きいものを探す。私が今持っているのは某チョコレート菓子のゴミ、財布、スマートフォン。うん、何一つ役に立たなさそうだ。
気づけば2人が刃物をぶん回す戦場近くにいた。
路上は真っ黄色に染まっている。フィールドをインクで塗りつぶす人気ゲームが今目の前で行われているようだった。
「えっと、盾盾盾……。」
ポツンと放置されていた茶色いカバン。一部がやはり黄色くなっている。
「お借りします!」
命の危機なのだ。無断で借りるくらいは許してほしい。
めげずにタックルを仕掛けてくる奴と対峙する。
数秒、震えた後。ガードが甘かった足元に突っ込んできた。
すかさずカバンを足元に持ってくる。ナイスパリィ、私。
これぐらいの衝撃ならなんとか耐えられそうだった。カバンよ、あそこに落ちていてくれてありがとう。持ち主さん、ごめんなさい。
物にぶつかった後、しばらく動きを止める習性があることは命懸けの鬼ごっこをしたおかげで分かっていた。
カバンを路上に叩きつける。私の身体能力で撃退は出来ない。動きを止められるだけで良かった。
ぐちゃり、べちゃり。ドロドロの体液がカバンから滴り落ちてくるぐらいにはダメージを与えられたようだ。
……命の危機だったのだ。カバンを壊してしまったぐらいは許してほしい。弁償するから。
「してやったり!」
ぷるぷると痙攣するギルティから距離をとる。
無我夢中でしばらく疾走していたところで、誰かとぶつかった。
晴さんではなかった。見知らぬ誰かだった。
「おー、まだやってるな。遅れてごめんっス。」
私にぺこりと頭を下げた後、その人はにかりと笑った。
「オレがぜーんぶ、蹴散らしてくる。」
ようやく、その人が武器を担いでいることに気がついた。
鈍く光るバットである。
「よろしく、お願いします。」
私の返事を聞く前にその人は2人の方へ走って行った。
自然と力が抜けた。カバンにべっとりとついた奴ら体液が私の服に染み込んで、熱を奪って行く。
「ホームランッス!」
「あ、また乱暴に使ってる!|オレンジ《・・・・》、ぶっ壊したら承知しないからね!」
「善処するッスー!」
威勢のいい声がこちらまで聞こえてきた。ついでに、何かが潰れる音も。
「ホームラン、なのか……?」
「ホームラン、なんじゃないですかね。」
気づいたらすぐそばに、先生が立っていた。
「何騒動起こしてるんですか。群れが巨大化する前に対処はできましたけど……今のあなたは足を失ったばかり。そういう状態だと奴らが寄って来やすいっていうデータもあります。」
「初耳です。」
いつのまにか人間が少し多くなった夜の路上。
「罪悪結界張っとけー!ったく、あいつら派手にやったな。揉み消し大変だからやめてもらいたいんだけど。」
「サポーターいなかったから……しょうがないですよ。」
「物的被害どうだ!」
「黄色の割には少ないよ!そういえば、アシスタント来てるんだね。コマンダー様がわざわざ派遣したってこと?過剰戦力でしょ。」
「あ、いた。まだ奴ら増えるのか。ウォリアー!こっち、こっち!」
私の先輩たちが、忙しそうに動き回っている。何やら宝石のようなものを持って祈っている人もいた。何かの儀式だろうか。
「帰りますよ。勝手に外出はもうダメですからね。もうとかじゃなくて、前からなんですけどね。」
「……はい。」
「あとカバン、おそらくメルさんのです。あとで謝っておいた方がいいですよ。」
「…………はい。」
今回ちょろっと登場したのはオレンジちゃん。ありがとうー!