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冬のばら
「好きです!」
突如伝えられた幼馴染の思い。僕は「へ?」と驚くことしかできなかった。僕の顔を見て由希が泣き出す。
――そりゃ驚くでしょ。いきなり自習時間に大声で告白されたら。しかも、泣き出した由希を見てみんな僕の方を見てきた。みんな僕のことを『女子を泣かせたクズ』と思ってるよね?僕の立場になってみて欲しいよ。ていうか、こんなとき、なんて言えばいいの?誰か助けてー!
由希の泣き声しか聞こえない教室に凛とした声が響いた。
「みんな、そんな顔で優希くんを見てる暇があったら由紀さんに声掛けるぐらいしたらどう?」
その一言でみんな由希のもとに駆け寄り、「どうしたの?」と口々に言う。
そして、ゆっくり歩いてきた彼女に僕は小声で言う。
「涼風さん、ありがとう。どうしたらいいかわからなかったから助かったよ。」
涼風海子。美人で勉強できて、スポーツ、ピアノ、歌、裁縫や料理まで得意なモテる彼女が僕を助けてくれるのは死ぬほど嬉しいことだった。
しばらくして、また教室が静まり返った。が、今度はすぐに静寂が破られた。
担任の道野先生が帰ってきた。
「帰ってきたよ〜って、え!?なになにどうしたの?」
みんな、無言。
「えと、とりあえずこの件に深く関わった人集合〜」
僕が前に出ると、由希もついてきた。先生が口を開く前に由希が言う。
「今ここでは言いたくありません」
困惑した顔の先生を見て由希が話を変える。
「それより先生、あの絵はどうなりましたか?」
「え?絵ってなに?」
困り顔で僕の方を見る先生に僕は言った。
「由希は多分、誰もいないところで話したいんだと思います。」
僕がそう言うと由希がこくんと頷いた。
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『また自習だ、やったー』と感じる人は多いと思うけど、相変わらず僕には冷たい目を向けている。しばらくすると教室の扉が開き、先生と目を赤くした由希が戻ってきた。そして自分の席、言い換えれば僕の目の前の席に座り、笑顔で振り向き、
「今日、電話するからねっ」
「うん、いいけど?そういえば、『絵』ってなんのこと?」
「あれか。『推理小説表紙コンクール』っていうのに絵を出したんだけど、ペラペラの紙に描かなきゃいけない決まりだったのにキャンバスに描いちゃったから落選したの。」
「キャンバスでも良くない?」
「そう思うんだけど、プリントするときの都合とかが理由らしいから、仕方ないよ。」
「そうなんだ。」
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下校中、僕は『疲れた』しか頭になかった。
一人の帰り道。慣れすぎてなんとも思わないし、家の近くの公園から由希と合流して帰るのも普通だった。でも、今日はいつも公園で合流する由希がいない。由希はいつも、公園を通り抜ければすぐの家へ、わざわざ公園を通り抜けず、僕の家への道に合わせて遠回りをしてくれる。改めてありがたく思っているとズボンのポケットが震えた。電話だ。しかも、由希からの。
「もしもし?」
「あ、優希!おいてっちゃってごめんね」
「大丈夫。」
「あの、今日の告白の返事、聞きたくて」
「ああ、そのことか。えっと、ごめん。由希とは付き合えない。でも、ずっと友達でいたいとは思うよ」
「そっか。ありがとう。今ね、私、ベランダにいるの。」
「?」
「私、死ぬの。優希と最後に会いたいけど、会ったら泣いちゃうから会えないの。最後に顔を見たいんだけど、ビデオ通話にできる?」
僕の足は勝手に動いて公園を突っ切った。そして由希の家のインターホンを鳴らした。電話の中と現実で死ぬほど遅く感じる音が重なる。
「あれ?お客さん?ごめん、ちょっと待ってて。」
扉が空いた途端僕は由希を抱きしめ、言った。
「死ぬな、馬鹿!」
泣き笑いの表情で由希は僕の頭をぽんぽんと撫でた。
「ごめんね。それはできない。優希は私のことが嫌いになっただろうし。」
「全然だけど、なんで?」
「だって、我儘言っちゃったし、心配させちゃったし。それに、優希は海子さんが好きでしょう?」
「そんなことないよ!むしろ昔からずっと、僕は由希一筋だった!」
「え?でもさっき電話では…」
「……恥ずかしかったんだよ」
「そう。じゃあ、改めて言うね。好きです。付き合ってください。」
「は、はい。」
「じゃあ、もう死なない。止めてくれてありがとう。それじゃ、また明日!」
「また明日」
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次の日、僕は教室で涼風さんと二人で話していた。
「昨日、由希が死のうとしてたから告白OKしたけど、大丈夫?」
「いいわよ。由紀さんはもちろん、他のみんなにも私達のこと、バレないようにね」
そう、僕は涼風さん、いや、海子と付き合っている。このことは誰も知らない。
みんなが狙っている海子が僕の彼女という事実は僕に自信を持たせるのに十分なものだった。
そう思っていると、ロッカーから音が聞こえた。
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優希と両思いだったなんて!明日はロッカーに隠れて優希を驚かせようかな〜
……なんて、調子に乗った私が馬鹿だった。朝早く教室に来て自分のロッカーに隠れたら、何も知らない優希と海子さんが手を繋いで仲良く入ってきた。
――え?二人、付き合ってんの?『告白OKしたけど大丈夫?』とか言ってるじゃん。へー。私が死んだら困るから仕方なくOKしたんだ。まあ、NOだったら死ぬつもりだったのは事実だけど。
ロッカーの隙間から二人を見ていたけど距離が物理的にも論理的にも近すぎる。見ていられなくなって顔を背けたら、手があの絵に当たって音を立ててしまった。その時、私の中で何かがぷつりと切れた。
違和感を持った優希がこちらに近づいてきた。私は迷わずロッカーの扉を開けて、血の滴る色とりどりのバラの絵をまっすぐ優希の頭に振り下ろした。優希は当然、気絶した。困惑顔の海子さんにも一撃。そして私は、自分のペンケースの中のカッターナイフで自分の手首を迷うことなく切った。
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事件の後、警察や救急車が来て大騒ぎになり数日の休校の後日、静まり返った音楽室で先生が話す。
「西川由希さんは亡くなられました。皆さんが知ってのとおり、自殺です。自殺する前日の西川さんの日記には、『昨日、涼風さんに優希に告白するように言われた。自習の時間に告白したけどだめそうだから、死のうと思う。でもきっと、優希は助けてくれると信じてる。』そして、この次の日に西川さんは亡くなられました。警察の見解や入院中の喜多優希さん、涼風海子さんの意見を合わせると、教室で揉め事が起こり、由希さんが二人を殴打した後に自殺をした可能性が高いようです。」
「せんせー、しつもん。涼風さんは日記のことに関してなんて言っているの?なんでゆっきーは自殺したの?なんでゆっきーは幼馴染のゆーきくんを殴ったの?」
「涼風さんは日記のことを認めているわ。喜多さんと付き合う一方で別の人に恋をした涼風さんは喜多さんと別れるためにそう言ったそうよ。西川さんの自殺の原因ははっきりしていないわ。多分、涼風さんと喜多さんが付き合っているのを何らかの形で目撃したから…などではないかと警察も言っていました。教室が使えるようになったら西川さんに花を捧げ、入院中の二人のお見舞いにも行きましょう。それまでは学級閉鎖です。今から、課題のプリントを配ります。」
学級閉鎖になっても、誰も喜ばなかった。むしろ、重い空気がさらに重くなるだけだった。
--- 数年後 ---
こんにちは!あたし、坂井ユリです!今日、先生が授業中急に『今日は、君たちの先輩が亡くなった日です』とか言い出したの!普段嘘とかつかない真面目な先生だし本当なんだろうけど、嘘みたいな話。女の子がこの学校のあたし達の教室で手首を切って自殺しちゃったらしいの。先生はその子の自殺に自分も関係してるって。先生にその話を放課後詳しく話してもらおうと思ってる。
「喜多せんせー。寝てるの?喜多優希せんせー?さっきの話を詳しく聞かせてよー。起きないなー。また後で来るね!」
「起きてるよ。」
「わ!?うつ伏せになってたから寝てると思った」
「悪いけど、今は話しかけないでくれる?」
先生はだいぶそのことを引きずっているみたい。私は素直に「じゃあね」と言って先生から離れた。
――先輩って、どんな人なんだろ?先生の初恋相手とか?
外に出ると、やっぱり寒い。冬だもんね。ふと、肩を見ると花びらがついていた。バラ?冬なのに?しかも青いじゃん。不思議に思って花壇を見ると、そこには赤、黄色、青、白など、色とりどりのバラが確かに咲いていた。近づいてよく見ると、赤い筋のような模様がついていて美しかった。