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(下)三
———夢を、見ていた。
俺はどこか外に立っていた。
『これなぁに? どうやるの?』
はるかの声が聞こえた。最後に会ったときより、ずっと幼い声。何かを握って、大人たちのいる後ろを振り向いている。
周りは真っ暗で、それで線香花火をしようとしているのだと気づいた。
覚えている。確かお盆だった。はるかが俺の家に遊びに来て。一緒に遊んだんだっけ。初めて『線香花火』というものを見たんだ。もう何年前の記憶なのだろう。
『はるかちゃん。だめよ、まだ小さいんだから。おばさんがやるわ』
そう言って、線香花火を握るはるかの手に触れたのは、玲の母親だ。
確か俺は、はるかの隣に座っていて、花火のやり方が分からずに母親を呼びに行ったんだ。
『ちょっと待っててね、動いちゃだめよ』
カチ、と音がして、ポッと火が灯る。ライターだ。そよそよと吹く風に吹かれて、ゆらゆらと揺らめく。
それをそっと、花火の先端に近づけた。はるかはドキドキしているのか、キラキラした目を花火に向ける。
パチパチ、っと音がした。真っ暗な闇に、鮮やかな光が浮かび上がる。
とりどりの色を描き出す。四方を映し、照らす。輝いては消えて、輝いては消えていった。
そして最後の火薬を使い果たし、閃光は白い煙となって暗闇に消えた。
『———わぁっ、すごい、すごい! ね、玲も見てた? 玲も見てた?』
終わって一拍置いて、はるかが はしゃいだ声を上げる。
『うん、見てたよ! ———おかーさん! もーいっかいやって! もういっかい花火やって!』
はるかと同じく、興奮冷めやらぬ自分の声が聞こえる。
はいはい、分かりましたよ、少しは大人しくしなさいな。
苦笑した母が部屋の中に入っていくのを見て、はるかは《《俺を見た》》。
「ねえ、玲」
低い声。どろり、と纏わりつくような声。これまでとは打って変わって、呪いのようだった。
「あんたは、何で。」
呼吸ができなくなる。は、という音が、どこかで響いた。
「———何であんたは、みんなに愛されてるの?」
「———っ、!!」
ハッと目が覚めた。
はぁ、はぁ、という荒い呼吸音が部屋の中に こだまする。
部屋の中は冷房が効いて寒いくらいなのに、冷や汗で服はびっしょりだ。
「はる、か……」
まだ暗い。日は昇っていないようだった。
『———何であんたは、みんなに愛されてるの?』
思い出すだけで、ゾワっとする感覚を背中に感じる。
あれから、一年が経った。
はるかは見つからないまま、捜索は打ち切られた。
世界はもう、日常に戻っている。はるかのことなど、何もなかったかのように。
自分だって何もなかったかのように 起きて、学校に行って、勉強して、友達と遊んで、帰って、寝ている。
ベッドから這い出て、部屋の外に出た。滑ったような湿り気が顔に張りつく。
まだ日も昇っていないのに、暑いくらいだった。
毎晩毎晩、こうやって夢を見ては目を醒ます。
焼け付くような痛みに、悶えるように顔を顰める。———何故。
きっと誰も知らない。いや、知ったとしても、誰も咎めなどしないだろう。誰も悪くないと言って、彼女の苦しみも痛みもなかったことにされていく。
———好きだった。
はるかが好きだった。
どこが好きかも分からないし、しかも気づいたのは はるかがいなくなってからだった。
自分の隣からいなくなって、この世界のどこにいるかも分からなくなって、初めて気がついた。
どうして彼女がいなくなったかなんて、知りはしない。
いや、知っている。でも、受け入れたくはなかった。
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もうすぐ日が昇ろうとしている薄暗い空のどこかで、きらり、と星が光って流れる。
そっと手を合わせた。
———はるかが帰ってきますように、と———