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Ⅱ
晴瀬です。
11月22日 16:57 富永未悠
「お、母さん」
部屋に入りながら躊躇いがちに私は言った。
未悠、とお母さんは私の名前を呟いた。
その声には"絶望"の二文字が滲んでいる。
お母さんは私の名前を呼びながらも私の方へは振り返らない。
ずっと、彼の方を向いていた。
「お母さん」
冬間近というのに、走ってかいた汗を拭いながら私はお母さんに近付く。
「なんでだろう、ねぇ」
泣いていたからか鼻声のお母さんは静かに言った。
「自殺だって」
え?
そう私の口から溢れた。
自殺…なの?
「何が、あったんだろう、ね…嫌なことがあるなら言ってくれれば、いいのに、ね」
11月22日 16:38
11歳だった私の弟が、自殺した。
家は、マンションの6階で。
弟はそこから独りで飛び降りたらしい。
お母さんとお父さんは仕事へ行っていて、私は友達と遊びに行っていた。
つまりその時間家には誰にもいなかった。
そうなっているらしい。
でも、それを証明できる人はいない。
確かに両親も私も外に出てはいたけれど誰も時間までははっきり覚えていない。
遺書なんかもない。
でも、それでも、家に誰もいなかったのは事実だし特に捜査もなく司法解剖もなかった。
弟は、独りで自殺したことになっている。
私はお母さんの数歩後ろに立ち尽くす。
お母さんは弟が横たわったベットに縋り付くように崩れ落ちていた。
少し時間が経ってお父さんが部屋に入ってきた。
無意識的に弟の名前を呟きながら私の横をすり抜けお父さんは弟に近寄る。
私の両親は弟の死を悲しみ嘆き、一晩中泣き続けた。
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葬儀と通夜、告別式を済ませ、私達は家に帰ってきた。
今日は水曜日。
私の弟はこれから学校へ行くことはないし、仕事をすることもない。
それでも私は学校へ行かなくてはいけない。
それは揺るぎのない事実で。
それでも私は学校にいくような気分じゃないから水曜から金曜まで3日学校をサボった。
その3日間家族で休みを取って家で1日を過ごした。
まるで死んだ幽霊のように会話もなく、ただ起きて食べて寝て、そんな毎日を過ごし弟の死を悼んだ。
月曜日私は学校へ行くことにした。
悲しくなかったわけではない。
ただ、状況がうまく飲み込めていないのだとそう思っている。
弟はまだ生きている、そんな気がしてならない。
非現実的な話しすぎたのだ。
数時間前には元気に笑っていた弟が突然自殺したことになっている。
喧嘩を何度もした。
死ねって思ったこともある。
何で弟が生まれてきたんだろうと考えたこともある。
弟がいなければ両親の愛情は私の独り占めで、弟がいなければ勉強しているときに騒がれずテストだってもっといい点が取れたはずで、弟がいなければ喧嘩して私だけが怒られる、なんてこともなかったはずで、それなのに、それなのに私はどうしてもそれを弟に向かって口にしなかった。
「死ね」
「あんたなんか生まれてこなければよかったのに」
それを口にしたことはない。
私は、強かった。
そんな一抹の気持ちで弟の感情を砕くようなことはしない。
でも私は弱い。
弟が死んだらきっと私は何者でもなくなってしまうと知っているから弟を今まで殺したりだとかしなかった。
あの日、私が友達と遊びに行く約束がなければきっと私は。
訳が分からない。
弟が死んだ理由が。
なぜ、こうなったのか。
私は記憶喪失のように何も考えられない。
そんな夜を過ごし、月曜日の訪れを告げる朝日を見た。