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あいつ
あいつは生き生きとしていた。
鬱陶しく、五月蠅いほどに。
三月 賢者
私は人を殺した。
被害者はあいつ。 名前なんか覚えていないさ。あんな奴の、
動機は鬱陶しかったからだ。
私の周りをうろついて、変に媚を売って。
正直、気色悪かった。
いつまでも、どこまでもついてくるあいつが心の底から鬱陶しかった。だから殺した。
罪悪感はあるのかと聞かれても、そんなものあるわけないだろうと返す。
鬱陶しく、見ているだけで気持ち悪くなってくるから。
あいつの姿を見た愚か者は、可愛くて、愛らしいとその姿を表現するだろう。
だが私のような、賢き者は必ずと言っていいほど、気持ち悪がるだろう。
だって、あいつの顔はわかるやつにはわかるが、気持ちが悪いのだ。どこか赤子のような、でも、見るに堪えないような醜さをどこか感じるのだ。
いうならば猿だ。あいつは同じ人間としては見れない。
あいつは人間だが、人間として呼びたくない。
もっとも、愚か者にはわからないだろうが。
そんな奴に付きまとわれているといずれ耐えかねて殺したくなってくるだろう。
それほどまでに気持ちが悪い。
死体は誰にも見つからない場所に隠した。
廃ビルとか山奥とか、そんな場所じゃあない。
絶対に誰にも見つからないような場所に、
時々、いつか見つかるのではないかと心配になるが、いつも心配しすぎだと、割り切って過ごしている。
今のところは大丈夫そうだ。
五月 杞憂
最近になってようやくあいつがいないと騒がれている。
警察も動き始めた。
夜、眠れないことが多々ある。
見つかるかもしれないと、どうしても心配になってしまうのだ。
だが、例え神でも見つけられないだろう。
そんな場所に隠したのだから。
十月 追跡
なんとあいつを探すためにかなり腕の立つ探偵たちのチームが作られたそうだ。
証拠が見つかるかもしれないが、証拠はすべて焼いたから現場には残っていないはず。
そう思っていたが、証拠が見つかってしまった。
あいつと最後に会った人間として質問攻めにされている。今日だけで何件もの電話が来ている。
まだばれていないことを祈ろう。
見つかることはないだろう。
誰もあんな場所に行くはずがない。
あの場所は街中にあるが、絨毯爆撃でもされない限り、あの場所は普通には見えない。そう思いたい。
十二月 反転
最近、家を出ているところを見られている気がする。
気のせいといえば気のせいで済む話だが。
私が殺した、あいつの顔は赤子のようで、醜くなんとも言えぬ不快感を与えてくる。
少なくともあいつが生きているうちはそんな顔だった。
だが、ずっと見つめていると、よく見ればあいつの死に顔は何とも言えぬ美しさがある。
この醜さは猿だ、この顔は猿だが、美しい。
生前、あれほどまで嫌悪していたのに、今となっては美しく感じる。
なぜだろうか、私はあいつに対してもしかしたら恋愛感情というものを抱いているのかもしれぬ。
くだらん、死体に恋心など抱くなどくだらん。
ちょっぴり殺してしまったのが惜しくなってきてはいるが。
最近、探偵共の動きが激しくなっている。
この場所、いやここは地下だ。一般人は入れない、というか誰だって入ろうとしない。
規制線が引かれているから。
立ち入り禁止と書いた看板もある。
どうして入れないのかって聞かれると
ここはもともと地下鉄が通っていた線路だからだ。
こんな場所、誰も来ない。この場所にいるのは虫と死体とその死体を隠している奴だけだ。
こんなところに来る奴はいないだろう。そう思う。
一月 露呈
見つかってしまった。
見つかるなど、あり得ないと思いたいが
どうやら私の想定以上の腕利きだったらしい。
私がこの地下に出入りしているところまでつけられていた。
嗚呼、これで私は終わりだ。
捕まってしまった。
私はあいつに対して、恋心を抱いてしまった。
私の行いは馬鹿だった。
殺した相手に恋心を抱くだなんて。思ってもいなかった
私は、私だけは賢き者だと思っていたが、私自身も愚かな者だったのか。
三月 愚者
嗚呼、かなわぬ恋などするべきではないな。
死ぬ前に、思い出してまだ生きたくなってしまう。
嗚呼、もう一度、あの醜くも美しき人の顔を見たかった。
もし会えたなら、謝罪がしたい。
あいつに今まで、嫌悪を抱いていたことを謝りたい。
この愚か者に許しをくれるのだろうか。
あいつは許してくれんのかな。
こんな私でさえも…