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英国出身の迷い犬×文豪ストレイドッグス!!3rd.ep_9
「…君は莫迦だよ」
「は、ぁ…?」
「大莫迦だ」
何処か聞き覚えのあるようなフレーズが聞こえて、顔を見上げる。
…ルイスさん。
「君だって、本当は何が正しいのか分かっているだろう?僕達の信じたジョン・テニエルなら…もう、気付いている、違う?」
「正しさ、なんて…っ俺は…!」
揺らぐようなボスの瞳に、思わず叫んだ。
「っボス!自分がしていることを理解していないとは云わない!でも、私達はボスに何を差し出した!?ボスは私達に何をくれたと思う!?それを...ちゃんとよく考えてよ…!!」
最後の方は声が裏返ってしまいそうだった。
気を抜けば、数日前の様に涙が溢れてしまいそうで。
必死に刃を食いしばって、もう一度ボスの方を見た_
「違う!テニエルは、テニエルは私達とまたあの子と再会して、それから私達とまた平和に暮らすのよ!貴方達みたいな人達にはわからないでしょう!」
…私と同じように叫んだハリエットのその声が、いやに胸にずきりと響いた。
ボスから聞いているはずなのに。
私は知らない、ルイスさんの過去を。
きっと、ルイスさんだってたくさん辛いことを経験してきている。
それこそ、この兄弟姉妹と同じように。
私に想像のつかないくらいのことを経験してきているであろうルイスさん。
そんなルイスさんに_
___ ハ リ エ ッ ト は 何 を 云 っ て い る ?
「…もういい…メアリー、ハリエット、もういいよ…早く終わらせよう」
静かなジョージの声にハッとする。
…ふと気が付いた。
彼らはどうやって私とルイスさんを戦わせようとして___
--- 『小瓶の中の真実』 ---
Turtle soup、と呟いたフランシスを最後に、突然景色がガラリと変わった。
---
Tenniel side.
ぱたりと倒れた二人を横目に見ながら痺れてきた右手を動かそうとする。
ずっとメアリーに抱き着かれている状態だからか、流石にじんじんと痛くなってきた。
「…メアリー、そろそろ離せ」
「あっ、ごめんなさい!やっとテニエルに逢えたから嬉しくって、つい♡」
溜息を吐きながらも、依然と寸分変わらない妹の姿に苦笑した。
「で、もうこの二人が今気を失っている間に殺してしまえばいい話ではないのかしら」
「それほど単純ではないんだよ、最初に"彼女"を生き返らせるための選択を課したのを覚えているだろう?あの時から戦神を呼ぶ事は決まっていたし、花姫をそこで消すことも決まっていた。」
「変えれば選択を失敗した事になって計画が凡て崩れる、ねぇ…」
「面倒だけれどそこは変えてはいけないのね」
「当然だろう、まぁ…まずこの二人が記憶から抜け出せるかどうか…其処がまず定かではないからな」
ははは、と部屋に笑い声が響いているというのに。
今までと同じ笑い声なのに。
俺は、心の底から笑えなかった。
---
「…どうかした?」
「…えっ、お姉ちゃん、」
「ほら、早く行こ」
「…」
--- 『うん…行こっ!』 ---
お母さんも、お父さんも、にこにこと笑んでいる。
庭でお揃いの着物を着乍ら毬をついていると、ちりんと鈴のような音が鳴った。
…気の所為だろうか。
「お姉ちゃん、今…鈴みたいな音が」
「…耳鳴り?」
「違う、ほんとに音が…気の所為かな、っ」
「きっと…気の所為、」
そうだよね、だってそんな音が聞こえるはずがないもの。
"ああ、これはきっとフランシスの異能だ"
「それでね、っそれからね、!...」
「ふふ、それは楽しそう」
「二人で一緒に毬をついて…」
「本当に二人は仲がいいなぁ」
楽しい。
隣で笑っているお姉ちゃんも、お母さんもお父さんも、幸せそう。
みんなでこうしていられるのが、何よりの幸せ。
"違う、これは嘘、毬で遊んでいたときにお父さんもお母さんも死んだ、のに"
「えへへ、楽しみだねっ」
「私も待ち遠しい」
「もう明日のことを考えているのかい?」
「うん!」
「明日も沢山遊ぶの」
「それは素敵ねぇ」
お母さんが優しく頭を撫でる。
お姉ちゃんと目配せし合いながらくすくすと笑った。
この暖かい手が、私は大好き。
"実際は明日なんて来なかった…私達家族に、幸せな明日なんて、来なかった、のに"
--- 「お姉ちゃん、また明日ね!」 ---
--- 「また明日…おやすみなさい」 ---
"平和に、一日が終わった…?"
と云うか、私は何、?
あそこですやすやと眠っているのは過去の私?
ちがう、騙されない、これはフランシスの…っ
でも、この世界の私は幸せそう、。
私とは違って、”明日”が存在した、
…そう云えば何故、異能だと見破ったのに此処から出られないの…?
もしかしてジョージの選択が課されて…。
そう、だとしたら__
--- 最悪だ、。 ---
「おはよう」
「おはようございますっ」
くぁ、と小さく欠伸するお姉ちゃんを横目に、私ものびをした。
…今起きたばかりなのに、何か大切なものを忘れている気がする、。
__きっと気のせい、だ…
「ああっ!」
「どうしたの?」
「お姉ちゃん、今日…」
"何が起きてるの…?"
"突然、視界が暗くなってる、…"
ぐるぐると渦を巻く視界にぐらりと体が揺れた。
『…鏡花』
「お母さん、お父さん…!」
「髪を結ってあげるから、いらっしゃい」
「うん…!」
こくり、と頷く__”一人”の少女。
これ、お姉ちゃん、
先ほど見ていたのとまったく同じ、なのに、
私だけが存在していない、
つまり、私がいなかった本来の世界、
『お姉ちゃん...』
「それで…それから…」
「鏡花は本当に聡いなぁ」
「ええ、本当に…!」
『お父さん、お母さん、』
「今日もきっと素敵な日になるよ」
「夕餉は鏡花の好きな湯豆腐のお店に行きましょう」
『…わたし、がいなければ、お姉ちゃんは…』
『__11歳の頃まで、お父さんとお母さんと一緒にいられた』
『二年間との辻褄が合う、…っお姉ちゃん...ごめんなさい...っ本当に、ごめん、なさ...ッ』
幸せそうに見えた笑顔は、見れば見るほど恐ろしく感じるようになって。
まるでお前がいなければこれだけ幸せを噛みしめていられたのにと云われているように感じて。
『い、や...助けて、やだ、ッ...ごめ、なさぁっ…謝る、から許して…っいや、ぁ…』
もういっそのこと、自分の手で消えてしまえば。
私の嗚咽も、涙も、彼らには届かない。
幸せそうに笑っているお母さんとお父さんと、今よりも幼い…三年前のお姉ちゃん。
その横で、三年後の私に小刀を向ける。
...にゃあ、と小さな猫の声が聞こえた。
その声にハッと正気に戻る。
違う、これはフランシスの見せた幻覚…私が此処で今死んでも、もうない命は戻らない…!
「…ありがとう、招き猫ちゃん」
「みゃぁ」
でも、異能の解除条件は結局___うぅん、待って、
「フランシスは、わかってる…私が絶対に成し得ないこと」
私自身は触れられなくても
「奇獣達ならば、異能の中で異能を発生させる特異点の彼らならば」
...私の大切な人たちを、殺す事は可能。
「私にそんなことはできないと知っている」
だから私より先にルイスさんが異能を解除して元の世界に戻ると踏んだ
「その間に、いとも簡単に私を殺す、そんな計画...?」
まるでそれは、
「…まるで...夜叉の代わりに、奇獣が両親を…殺すと、」
たしかにこの世界線では、この歳のお姉ちゃんはまだ両親を失わない、
「それを無理矢理私にさせる、つもり...?」
私の所為でまた、お姉ちゃんを不幸に陥れるの、?
...できない。
『できない、よぉ…っもう、やだ…』
泣き虫になっている自分が弱々しくて、被害者のような顔をしているのが腹立たしい。
......やらなきゃ、。
私のいる世界で、少しでもお姉ちゃんに贖罪をしていかなければならないから。
何より、ルイスさんがきっと。
「…待っていてくれているから」
くっ、と歯を食いしばった。
そうでもしなければ、できそうにもなかった。
「…奇獣」
--- 「白虎」 ---
せめて、一思いに眠らせて。
「…夜叉白雪__!!」
「っえ、どうして、」
「貴女は…誰か知らないけれど、敵襲なのは間違いないと思ってもいい?」
「っちが、どうして...私、見えて、」
「君は鏡花を…!僕が彼女の相手をする!」
「わかりました__」
目を見開いて此方を見ているお姉ちゃん__鏡花ちゃんを庇う様に抱きながら部屋を飛び出て行ったお母さん__。
「…急に出て来たみたいだから、何かの異能力者かな」
「…そう、っだけど、私…わたしは、!」
「先程の白虎も君の異能か」
「っ、そう…だよ、」
小刀と銃弾のぶつかり合う音。
...お父さんと、戦う事になるなんて。
「っフランシスは絶対...絶対、殺す...ッ」
「君が誰だか知らないけれど、僕達の過去の暗殺に恨みを持つ者には思えない、何が目的で襲撃をかけた?」
「…っ、もう、殺して…お願い、殺してよ…!」
発狂するように叫び泣く私に、途轍もない戸惑いを見せるお父さん。
違う、私は貴方達の生活を脅かしたかったわけじゃないの、
「お姉ちゃんにもう一度...会わなくちゃいけないから…だから貴方達を殺さなければならない!」
お父さんが持つ銃をはじいた瞬間、銃弾が私の手に喰い込んだ。…もう一つ持ってたんだ、
何とか小刀を持つ手を左に切り替えたけれど、時すでに遅し。
両手をしっかり掴まれて、身動きが取れない。
...力、強い。いつも肩車や高い高いをしてくれたお父さんは、やっぱり力が強かった。
「…君の姉について聞かせてほしい」
「、え…?どうして、」
「若しくは、君の名前」
...もしかして、気付かれてる?
「…」
「苗字は?」
「…っ云えない、」
「云わない選択肢はない」
「__桜月、。」
「苗字は」
ああ__やっぱり、この人は聡く、鋭い…。
「…泉、桜月」
「…そうか」
...なんで。
どうして。
「ッどうして、っなんで...!」
「…ほら、僕はもう武器を持っていない」
「なんで、ッお父さんは…貴方は、!二人を守らなきゃ、なのに...ッ」
判ってしまった。
どんな異能にも、抜け穴や弱点はある。
...この異能は___
__私の…
わたしの、
「想いに…捻じ曲げられた...想いが異能に押し勝った...」
目の前のお父さんは動かない。
両腕を広げて、微笑んで此方を見ている。
...なんて、残酷な異能。
「…ジョージと組み合わさったら、途轍もなくたちが悪い…」
お父さんは何も云わない。
ただ、此方を見ているだけ。
微笑んで、その腕を広げて。
「…おとうさ、っ…ごめ、なさいッ」
その中に、飛び込んで。
束の間の温かさを感じて。
「…ありがとう、一瞬の夢を__地獄を見せてくれて」
---
「…私は戻ってきました__それで、遺言は?」