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25話 フロイドの動機
朝。いつもより遅い時間に、リドルは目を覚ました。
ベッドの中にいるリドルの上で、何かがもそもそと動いている。慣れたリドルはそれが何なのかをすぐに察した。
たぶんフロイドだ。
「ばあ」
リドルのすぐ正面で、掛け布団の中から顔を出したのは、やはりフロイドだった。フロイドでなければ燃やしている。
ほぼ毎朝、フロイドはこうしてベッドの中に潜り込んで、リドルを起こしにくる。すっかり目覚まし時計の代わりになったフロイドに、リドルは寝ぼけまなこであいさつをする。
「おはよう」
「おはよ〜」
機嫌よくあいさつをしたフロイドは、顔を伏せて、リドルの胸に甘えた。
リドルは小さく笑いながら、いつものように、形だけしかる。
「こら。また忍び込んできたのかい」
「んふふ。窓の鍵、開けといてるくせに」
「閉めてやってもいいんだよ」
「いいよ〜。そんときゃ何度でも窓、叩いちゃうから」
「およし」
くすくすと笑い合う。リドルの首にリップ音を鳴らしてから、フロイドは言う。
「ハナダイくんとケンカしちゃった」
リドルはパチクリとまばたきをする。すぐ近くにあるフロイドの目を見る。
「それはまた……命知らずなことをしたね」
「丸焼きにされるかと思った〜。あは」
「どうしてケンカしたんだい。答えによっては……おわかりだね?」
リドルから少し不穏な空気がただよう。まだベッドの中でリドルに甘えたいフロイドは、機嫌を悪くさせないよう、すぐに答える。
「金魚ちゃんとお話し中だったのに、電話、切れちゃったじゃん」
零時直前に、スマホで通話していたときの事だ。
リドルは疑問のままに言う。
「……あれは君から切ったんじゃなかったのかい」
「金魚ちゃんからかけてくれたんだよ? オレから切るわけない」
恥ずかしいことを言われた気がするが、リドルは突っかからない。
フロイドは続けて言う。
「いきなりつながらなくなるなんてさあ、ホタルイカ先輩のしわざに決まってんじゃん」
「そうとは限らないけれど」
「限るし。ここいらのネットって、ホタルイカ先輩が仕切ってんでしょ? 障害が起こったって、あの先輩ならすぐ直せるはずなのにさあ……待っても待っても直らないってことは、もう、あいつが犯人だよねえ」
短絡的な思考に、リドルは呆れる。続きを催促する。
「……それで、実際はどうだったんだい」
「犯人っぽかったから、シメた。その途中でハナダイくんがやってきてさ、『助けに来た』なんて言うからさあ……」
「なるほど、わかったよ。逆にシメ返されたわけだ」
リドルは得意げに言った。
フロイドは不思議そうに言う。
「つーかさあ、金魚ちゃん、全然苦しくなさそうじゃね? 電話してきたときは死にそうだったのに」
「あれは……」
リドルは思い出す。深夜に、突然目を覚ましてしまったときだ。
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脳がガンガン揺さぶられているかのような気持ち悪さが、急にリドルを襲った。
何の前触れもなく起こった頭痛。一人ではどうにもできず、とにかく助けを求めようと、枕元にあったスマホを手探りで取った。
誰に助けてもらおうか。
痛む頭で思い描いたのは、一番頼りになるはずの副寮長のトレイではなく、恋人のフロイドの姿だった。
効率など考えられず、リドルはフロイドに電話をかけた。
深夜にも関わらず、フロイドは出てくれた。
助けてほしいと言いたくても、口から出てくるのは、ぜいぜいとあえぐ息づかいだけ。
異常を感じ取ったフロイドのあせったような声が聞こえて、ようやくリドルは言葉を出す。
──このまま、声を聞かせてくれ。
リドルが求めたのは、物理的な介助ではなく、フロイドの声だった。
電話越しのフロイドの声を聞くだけで、気持ち悪さが激減したのだ。
フロイドの声は、リドルに安心を与えてくれる。乱れていた脳を癒してくれる。
あらかった息づかいが、すうっとおさまった。
──電話の君の声、いつもと違う気がして、好きだな。
最後にそう言えば、通話が切れた。
フロイドから切るなんて珍しいと思いつつも、リドルは特に気にしなかった。健康体に戻ったまま寝て、いまに至る。
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それら一連の出来事と自身の想いを、リドルはフロイドに打ち明けた。
フロイドは顔を赤らめて、トロンとした目で言う。
「オレの声聞くだけで治っちゃったなんて、すげえ告白じゃ〜〜ん。あーあ。ホタルイカ先輩なんてシメに行かないで、すぐ金魚ちゃんに会いに行けばよかった」
あの電話で治っていたのだとしたら、イデア探しはとんでもなく無駄足だった。
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零時を数十分ほど過ぎた頃だった。
ネットワークを復旧させるために、フロイドはイデアを探そうとした。
フロイドは全校生徒の匂いを覚えている。だから改めて嗅ぎ直さなくても、イデアと、イデアのそばにいるであろうオルトの匂いをたどれるはずだった。だが匂いを変えられているのか、時間をかけて探しても、彼らの匂いはまったくしなかった。
他の手がかりも見つからなければ、他人頼みだ。何か情報が得られるかもしれないと、門前に戻ったときだった。
大きな収穫があった。
昨日の放課後に、オルトはケイトとハグをしていたという情報が、当人のケイトから聞こえてきたのだ。
オルトが自身についたケイトの匂いを消していなければ、ケイトの匂いを思い出して、それを追うだけで、オルトのもとにたどり着ける。
オルトに会えれば、イデアにも会えて、シメられる。
──よくも金魚ちゃんからの電話を切りやがったな。
フロイドの行動は早かった。急いで大階段を下りて、オルトについたであろうケイトの匂いを追った。ちなみにここで駆けたときの足音をジャックに聞かれていたのを、フロイドは知らない。
結果、ネットワークは復旧された。
直後に届いたアズールからの連絡などどうでもよくなり、フロイドはリドルの目覚ましのためにハーツラビュル寮に向かい、いまに至る。
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夜通しイデアを探していたため、ほぼ徹夜のフロイドは、リドルに甘えたまま眠ろうとする。
リドルは少しだけ強い口調で、フロイドをしかる。
「こらっ。ボクの目の前で二度寝とは、度胸がおありだね」
「んん〜〜……。だってぜんぜん寝てないんだもん。だいたい金魚ちゃんが深夜に起こさなかったら、オレだってちゃんと寝てたよお?」
「うっ。……それは、確かに」
フロイドはくすくすと笑う。
「冗談だよ。金魚ちゃんが苦しんでるときに連絡されないなんて、そっちのほうがずっとやだ」
「……ボクもだよ」
リドルはフロイドを抱きしめる。フロイドの額に口づけて、小声で言う。
「ボクも、君が一人で夜ふかしするなんて嫌だ。今回はボクが原因だったけど……これからは眠れないことがあったら、ボクが寝かしつけてあげるよ。電話でね」
フロイドはときめく。リドルの胸の中で、きゅうきゅう、と人魚特有の甘え鳴きをする。
だが甘い時間は、フロイドがリドルに背中をバシンと叩かれたことで、終わりをむかえた。
目を白黒させているフロイドに向かって、リドルは言う。
「ほら、起きるんだよ! 授業に遅れてしまう!」
「ええーーっ!? やだやだ今日はサボるぅ! 金魚ちゃんは知らないかもだけど、けっこう大騒ぎだったんだよ!? どーせ授業やってる場合じゃないってえ!」
「学園側から正式な発表がなければ、ちゃんと登校するべきだ! 自主休講など許さないよ!」
わめくフロイドを、リドルは容赦なくベッドから蹴落とした。