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途中
田中くじら。転校生は俯きがちに自身の名を口にした。「え、名前、くじら?」という驚きの声がいくつか漏れた。
「田中さんの席はあそこ、窓側の1番後ろ。」窓側の1番後ろは、私の後ろの席だった。「教科書とかもう届いてるよね? まあ、届いてないのあったら隣の席の本田さんに見せてもらって。本田さん、お願いね。」くじらが小さく頷き、席に歩いたことを確認すると、担任は「じゃ、出欠とります。」と声を張り上げた。
1時間目が終わった後の休み時間、くじらの席の周りには誰もいなかった。ふつう転校生がやってきたらその珍しさに人が集まりそうなのに、なぜ誰も話しかけないのかというと、おそらくくじらが特段可愛くもなく、明るそうでも面白そうでもなく、猫背で陰気くさいから、そして、闇が深そうだから。
くじらという珍しい名前の由来は、クラスメイト全員が気になっているだろう。それでも気軽に訊きに行かないのは、この話題が彼女の地雷を踏んでしまわないか、不安になるからだ。きっとくじらが明るく親しみやすい性格なら、そんな心配はなくて、底の浅い質問が教室を飛び交っていただろう。
くじらが転校してきてから、1ヶ月が経った。いつも教室の隅の自分の席に座り、背中を曲げて本を読んでいる彼女に、友達はいないようだった。まあ、わざわざこんな暗そうな子と友達になりたいと思うことは、そうないのだ。