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馬が来るまで
「わたしこっちだから。じゃあね、アキくんたち!」
ヒナはそう言い、バイバイと家へと帰ってった。
はぁっと息をもらすと、アキが言ってきた。
「ねぇ、さっきこそこそ話してたけど、なんの話?」
ギクっと表情をかためるナツとゲシ。もちろんぼくも例外ではない。
「いやー…、アキって女子に好かれるよなって…。」
正直にぼくが言うと、アキは言った。
「んー…、なんだろ、正直、オレはトウヤたちと遊べるほうがうれしいけど…。」
ヒナのあのもうれつなアタックは、アキには全くひびいていないようだった。
それどころか、ヒナのことを全く気にしていないようだった。
「…なんか、今日、つかれたなぁ…。」
アキはそう言って顔を下に向けた。
だけどまた、ばっと顔を上げてアキは言った。
「そういやゲシって、どうやってイーハトーヴに来たの?」
ぼくらが住んでいる、ここイーハトーヴは、ちょっと変わった所だ。
地図に名前もないし、電車を使うしかイーハトーヴの外に出ることはできない。
そして、外からイーハトーヴに行くことはおろか、存在を知っていてもたどり着けない場所なのだ。
「うーん、イワテの方に行きそうな切符買って、いつの間にかイーハトーヴに着いてたんだよな。」
「えぇ〜っ、なんかすごいや。」
アキはそう言い、ナツとゲシは不思議そうに首をかしげる。
「そういうアキはどうやって帰ってきたんだよ。」
ゲシがたずねるとアキはこう言う。
「そりゃあ、切符買って、電車乗って…あ、ゲシといっしょだ。」
うーん、と声がもれる二人。
確かに、アキはどうやって町からイーハトーヴに帰ってきたんだろう。
考えれば考えるほど、なぞが生まれる…。
すると突然、ナツが言った。
「明日、駄菓子屋行かね?」
ナツのいきなりの誘いに、アキとゲシは顔をポカンとさせて、
その後に行くと答えた。
「いきなりだな。」
ぼくがたずねるとナツは答えた。
「ちょーっと思い出したことがあってな…。」
なんだよー、とアキとゲシは問いかける。だけどまだヒミツとナツはもったいぶった。
「夏休みの間、オレんち泊まれよ!」
アキは僕に誘って、僕を家へと招いてくれた。
広い木造の古い平屋。風通しがよく、壁面は明るい白で覆われていた。
「ただいまー。」
「失礼します。」
アキは家の中にスタスタと入り、何かを話していた。
僕はじっと玄関で待つ。
玄関の棚は埃一つなく、写真たての中にはアキの家族が写っていた。
僕の靴よりまだ少し小さいアキの靴と、隣には華麗な赤い紐の下駄があった。
アキはだっとまた僕の方へ来る。
「いいって!」
今日から夏休みの間だけ、僕はアキの家に泊まることになった。
若干の申し訳なさと、嬉しい気持ちがこみ上げる。
「あらゲンシくん。久しぶりだね。」
アキのお母さんはそう言うと、家の中をざっと教えてくれた。
風呂と歯磨きはすること、夜更かしはしすぎないこと。
簡単なルールも教えてくれて、アキのお母さんは夕食の準備に取り掛かった。
アキはすぐに風呂に入り、小さめのラジオに耳を傾ける。
アキの横には、あの時買ったカラーテレビがあった。
「せっかくテレビがあるのに、ラジオ聞くんだな。」
僕がそう言うと、
「だって、ケンケンは絶対聞き逃せないからさ。」
アキはそう言った。
ケンケン…、確か何かのラジオ番組のMCだったはず。
アキは続けて言う。
「なぁ、ゲシってケンケン知っとる?」
僕は答える。
「一応、名前だけ。」
するとアキは、一緒に聞こうと僕を誘ってくれた。
凛々しい声が聞こえる。
次々と質問を読み、彼は質問に答えていた。
するとある質問に対して、アキはあっと言った。
「どうしたんだよ?」
「いや…、この質問の人、最近よく出てきてさ。」
耳を傾けると、その人は『チャウネン』というおじいさんらしい。
「意味深でさ、聞いてて面白いって人気なんだよ。」
アキはそう言い、だんまりとしてしまった。
僕も聞くことにした。
ラジオの声が流れる。
『ペンネーム…チャウネンさんからのお便りです。おっと、チャウネンさん。こんにちは。みなさん、チャウネンさんですよ。』
MCも需要を理解しているようで、声の感じがさっきとは違っていた。
質問が読まれる。
『ケンケンへ。再度また失礼致します。向日葵を見ると、ある出来事を思い出すんです。ある日、友人と喧嘩して、口を聞かなくなったことがありまして。その時、どうして喧嘩したのか、今はもう思い出せませんが、くだらないことだったと言うのは分かっていまして。だけど帰る時、振り返ると、なかった筈の向日葵があって、うわぁっと驚きまして。すると友人の方にも生えていたようで、互いに腰を抜かし、頭をぶつけたんです。そこからは大笑いでしてね。そして仲直りもできました。ですがその日以降、向日葵を見ると振り返るのが怖くなりまして…。トラウマって言うんでしょうかね。ケンケンはそんなトラウマはありますか?」
質問の後、ケンケンは答えていた。
「ねっ、まじで意味深でしょ?」
アキはそう言うと、またラジオにかじりつく。
意味深というか、僕は不思議だと感じた。
向日葵が振り返ると突然生えている。
現実で本当に起こったのか、もちろん疑いたくなった。
時計が9時ピッタリになった時、ラジオは終わった。
僕は何故か、鮮明に質問内容が頭に刻まれていた。
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「アキたち遅いなー。」
かれこれ待ち続けて、町の時計は12時になった。
ぼくはナツと一緒に、かれこれ9時から待っている。
「来るって言ったのにな。」
「んー…、もう行くか、トウヤ。」
「だな。」
そう言ってぼくらは駄菓子屋へと向かった。
「そういやナツって金あるの?」
ぼくが聞くと、ナツは自慢げに答える。
「ふっふっふ…これを見ろ!」
ナツがこぶしを開くと、そこには250円が。
ところどころ、少しだけ土をかぶっている。
「頑張って拾ったんだよ。」
ナツはまたうれしそうに歩き出し、駄菓子屋へとどんどん進んだ。
真っ青な昼の空、下にたまった入道雲、そしてうるさいセミの声。
夏の暑さでも忘れたのか、ナツはぼくよりどんどん進んでいった。
「まってくれー。」
ぼくもがんばって追っていた。
追った先には、駄菓子屋の前でナツが待っていた。
「おせーぞ。」
ナツはそう言い、ぼくはナツといっしょに駄菓子屋へと入った。
すると突然、ナツが言ったのだ。
「そういやオレ、お盆からはここにいれなくてさ…。」
「えっ…?」
突然の告白にぼくは驚きをかくせなかった。
「じゃあ…、いっしょに遊べなくなるってこと…?」
「いや…、まぁ、うん、そうだ。…あとさ、お盆が来るまで、オレのわがままに付き合ってくれないか?」
「もちろんだよ。いいよ。」
「ありがとう。…オレさ、実は結構前から人を探しててさ。」
ナツはそう言うと、とたんに申し訳なさそうな顔をし出した。
ぼくは黙ってナツの話を聞く。
「お盆の時、オレ、事故にあってさ。事故っていっても、水難だけど。川に遊んでいた時にだ。」
ナツはじっと、また話す。
「気づいたら、オレは家の前にいたんだ。入ろうとしても、鍵がかかってて入れなくて。何度も呼んださ。でも、オレがバカなことしたから、家族もみんなオレのことは無視でさ。だけどもオレはずっと呼び続けたんだ。」
ナツの声がだんだん小さくなっていく。
「もしあの時、オレが溺れてなかったら、あいつと約束を守れて、こんなことにはならなかったと思うと、すごい申し訳なくてさ…、またあって、謝りたいんだ。だからさ、トウヤ。手伝ってくれないか。」
ナツはやや力強くぼくに言う。
ぼくも答えた。
「あぁ、もちろんだよ。絶対ナツの友達が見つかるまで協力する。」
ナツはありがとうとぼくに言った。
だけど、どうしてお盆にはここに入れないのだろうか。
その答えを知るときは、ぼくには一生訪れなかった。
「ハル〜、さっさとええ加減に勉強しろ!」
おかあの怒った声が俺の耳を貫く。
「このままやったらバカ私立しか受からんよ!?あんた受験生でしょ!」
「ひぇ〜。わかった。わかったから。勉強するからファミコンぶっ壊さないで〜…。」
俺は屈して、勉強道具をある程度まとめる。
「全く…、トウヤくんを見習い。」
ややグサっと心に刺さったが、俺は勉強をすることにした。
…暑いし、集中できない。
初日からずっと書いていない日記も、そろそろ手をつけないとまずいレベルだ。
ひとまず日記を書こう。
ぺらっとページをめくると、まっさらな行が写る。
俺はそこに「7月25日」と書き綴った。
「あの日は、確か…。」
おばさんの家に着いたときだ。トウヤはまだ学校で、お土産を渡した時。
あーぁ、あの時のまんじゅう、マジで美味しかったなぁ…。
そこから、俺はまた次々と書く。
「7月26日」
二日目のこと。確か親に駆り出されて、じいちゃんの畑の手伝いをさせられた。
腰抜けとか浅いとかめっちゃ言われて、帰る時にはすごい腰が痛かったっけ…。
しかもその上、大量の野菜を持ち帰らされたり、じいちゃんの友達の墓参りまでした。
色々友達の話も聞かされたけど、疲れすぎていてそれどころじゃなく、全く覚えていない。
「7月27日」
トウヤとゲームして、しかもトウヤが爆速で宿題を終わらせていた。
だけど絵日記で詰まって、トウヤがしんどそうにしていた。
寝ている時、トウヤはうなされて、しかも泣いていた。
でもやっぱこいつはガキなんだと分かって嬉しかった。変な話だけど。
「7月28日」
特に何もなかった日だ。
近所のガキを集めて、メンコ大会開いたっけ。
多すぎて消費しきれなかった野菜を、そこで配ったりもした。
みんなトウヤよりメンコが強かったけど、トウヤほどかわいくはなかった。
「7月29日」
トウヤがアキくんの所に泊まることになった日。
駄菓子屋に行って、お菓子を買って、ただひたすら店主のばあちゃんと話してたっけ。
するとナツって子の話をしていたのを思い出した。
トウヤが言っていたことまんまで、ますますナツくんに会いたくなった。
そして今日は7月30日。あと一日で7月が終わる。
今はまだ昼。今日の夜、日記を書こう。
「ハル〜?ちょっと来て〜!」
おかあの声。
「今行く。」
タタタと俺は向かった。