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ヒガンバナ
※BL要素あります。
ずっと、後悔していた。助けられなかった。
手を差し伸べる勇気を出せなかった。
苦しんでいるのを目の前で見ていたのに、見たくなくて目を逸らした。
いつも近くにいたのに、心だけは、ずっと遠く離れていた。
どれだけ悔やんでも、今はもう会うことも話すこともできない。
あいつの笑顔を最後に見たのは、いつだっただろうか。
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「全国、行きてえよな」
「なんだ急に」
俺の呟きにツッこんだ友人を横目に、俺は歩く。9月末の夕方、まだ少し残暑が残っているけどだいぶ涼しくなってきた。部活で流れた汗も、秋風が気持ち良く冷やしてくれる。
「てか俺これから部まとめられる自信ないんだけど」
「まとめるも何もサッカーなんてパス以外ほぼ個人プレーだし、仲良くできてればいいんじゃねえの?」
「お前はサッカーを何だと思ってんだよ」
いま俺の隣を歩く俺と同じサッカー部の友人、|和泉涼助《いずみりょうすけ》は部の次期キャプテンに選ばれているのだ。俺の前ではこうやって愚痴とか弱音を吐いたりしているけど、クラスでも部でも明るくて良い奴だ。試合になると、いつもの調子が一変して急にイケメンになるし。
「…………もうすぐ、2年になるのか」
「あーあ、せっかく俺がお前に気ぃつかってその話題避けてたのに、自分で言っちゃうんだ」
「ヒス構文みたいになるのやめろ。どうしても、頭から離れないんだよ」
恋かよ、と俺は心の中で呟く。こいつの幼馴染の|佐竹雅貴《さたけまさき》は、2年前に亡くなったのだ。俺は学校が違ったし交流も少なかったけど、こいつがいなくなってからの涼助の落ち込みようを見た感じめちゃくちゃ大事な幼馴染だったんだろう。ていうか今も落ち込んでるけど。
「きっと雅貴は今も涼助の傍にいて見守ってくれてるだろ。だからもうそんな落ち込むなよ」
「そっか……ん?」
いきなり、涼助が振り返った。でも誰もいない。
「嘘だろ?マジで?」
「どうした?」
「いる………雅貴が…………」
涼助が、信じられないといった顔で呟く。そうだ、こいつは幽霊を見ることができるのだ。
「え、ガチ?佐竹?そこにいるのか?」
俺は涼助が見ている方向に向かって聞く。俺は幽霊を見ることはできないけど、会話することはできるんだ。
「久しぶり。涼助、|響人《きょうと》」
小さく足音がして、目の前に、亡くなったはずの佐竹が立っていた。
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「え、なんで俺にも見えてんの………?俺見えないはずなんだけど……俺もしかして死んだ?」
「大丈夫。響人はちゃんと生きてる」
あまりにも唐突に起きた出来事に呆然としている俺に対して、佐竹が落ち着かせてくれる。
「雅貴、今それ実体あるの?触れるの?」
「あるし、触れるよ」
「わっ、やば……意味わかんねえ……」
約2年ぶりにあう幼なじみと握手をして手を見つめたまま、放心状態の涼助。まともなのが佐竹しかいない。
「今日は2人に頼みたいことがあって来たんだ」
涼助も俺も落ち着いたところで、佐竹が口を開いた。
「どうした?」
「2人に、僕が成仏するのを手伝って欲しい」
佐竹の口から出た言葉に、また俺と涼助が固まる。
「成仏……ってなんだっけ?」
「あれだよ、天国に行くやつ」
「でも死んだ時点で天国行くんだから違くね?ちょっとGoo○le先輩に聞こうぜ」
「先輩じゃなくて先生だろ」
何がなにやら意味がわからなくて、涼助と俺はスマホを取りだして成仏について調べる。
「この世に未練が無くなって仏になること……え、じゃあ佐竹には今未練があるってこと?」
「うん」
「……………雅貴の心残りって何?」
「行きたかった所とか、やりたかった事とかがあるんだ。これから説明するからそれに付き合って欲しい」
うん?と涼助と俺は眉をひそめる。まあ要するにやり残したことあるから付き合えってことだな。
「そんな大事なこと頼まれちゃったら断れねえな。よし、俺手伝う」
「わかった。俺も手伝うよ、雅貴」
「ありがとう。涼助、響人」
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モヤモヤするって、こういう時のことを言うんだな。俺はスマホのカメラを構えてはしゃぐ響人と雅貴を見ながらそう思った。一緒に高校に行く、とか某ターバックスのフラペチーノを飲む、とか雅貴がやりたかったことを色々やって、今は3人で遊園地に来ている。いや、別に遊園地が嫌な訳じゃない。人の多いところには慣れてるから人混みが嫌じゃないし、さっき食べたクレープだって美味しかった。でも、なんか違う。心の底から楽しめないというか、楽しいと思えないというか。よく分からない不安みたいなものが心の中で渦巻いている。……………あんなに楽しそうな雅貴の姿を見るのは久々だ。俺の記憶の中の雅貴は、暗い顔ばかりしていた。
「涼助、どうかした?次、あれ乗るって」
雅貴が指差している先には、メリーゴーランドがあった。
「……大丈夫だよ。行こう」
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はしゃぎ、食べ、写真を撮り、思いっきり学生を満喫した俺たちは最寄り駅から家までの道を歩いていた。
「成仏って、どうやったら出来んの?やり残したことはもう無いって、誰が判断すんの?」
俺が気になっていたことを、響人がストレートに雅貴に聞く。
「僕もその辺はよくわかんないんだ。神様が判断するんじゃない?」
「そっかー」
信号を待つ間、赤く染まり始めた秋の空を眺めながら、俺はまだモヤモヤしていた。…………雅貴がやり残したのって、本当にこんなこと?好きな子に告白するとか、最期に会いたかった人に会いに行くとか、もっとあるんじゃないのか?
「こんなに色々あったのに、涼助も響人も付き合ってくれてありがとう。やり残したことあと一個だけだし、それだけは一人で解決しなきゃいけないから。2人の手を借りるのはここまでにするよ」
信号が青に変わって、3人で歩き出した。
「えー、じゃああとちょっとで佐竹に会えなくなっちゃうのか。寂しー…………涼助!!」
響人に大声で呼びかけられて、俺は慌てて振り向く。なんか、やけにスローに見える。エンジン音が段々と近くに聞こえて、大きな衝撃を痛みを感じて、俺の体は道路に打ちつけられた。
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海底から少しずつ水面に体が浮き上がっていくように、目を覚ました。辺りは真っ暗だった。俺は起き上がって、雅貴と響人の姿を探す。でも、何も見えないし何も聞こえない。闇雲に歩き続けていると遠くに雅貴の姿が見えたので、俺はそっちに走り出す。
「おーい、雅貴………」
「佐竹って、ホモなんだろ?」
明らかに雅貴のものじゃない声が聞こえて、俺は立ち止まった。よく見ると、雅貴は中学の時の制服を着ていた。
「うわキッショ。近づかない方がいいって」
「おい、誰のことが好きなんだよ。このクラスにいんの?」
周りの男子から浴びせられる心無い言葉に、雅貴は俯いて黙って耐えている。部活でも避けられて、雅貴はずっと独りぼっちだ。俺は、この光景を知っている。同性愛者であること馬鹿にされている雅貴も、たまに一緒に帰ると俺に心配をかけないように無理して作った雅貴の笑顔も、全部覚えている。なのに、俺は助けなかった。結局、自分が標的にされるのが怖かった。だから、この間また雅貴に会えたから、謝ろうと思ってたのに。今度は、俺が死ぬのかな。交通事故で死ぬとか、運悪すぎだろ。死ぬ時期ぐらい選ばせろよ………
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「涼助」
「雅貴………?」
呼び掛けられて振り向くと、中学時代の雅貴じゃない、数時間前まで一緒に遊んでいた雅貴がいた。
「雅貴………ごめん。あの時、助けられなくて。怖かったんだ、自分が標的にされるのが。また会えたら謝りたいって、ずっと思ってた。結局こんな結果になっちゃったけど…………俺のこと、許してくれるか?」
そう言って俺は頭を下げた。雅貴は、しばらく黙っていた。やっぱ無理か。自分が助けなかったくせに許してなんて、都合が良すぎるもんな。
「………最初から、涼助のこと恨んだりなんてしてないよ。涼助が僕のこと助けて涼助が標的にされたら、僕にはそっちの方がしんどかったと思うよ」
そんなの、嘘だ。だったら自殺なんてする訳がない。
「僕のやり残したことあと1個、今ここでやってもいい?」
「………駄目だ」
「どうして?」
どうして、って………そんなの………
「あと1個やり終わったら、お前成仏しちゃうんだろ?………もう二度と会えなくなっちゃうんだろ?せっかくもういじめられなくなって、響人とも一緒に3人で遊べて楽しかったのに………」
「ごめんね。でも、生きてたってずっと一緒にいられる訳じゃないんだ。どっちかが絶対、先に死ぬんだよ。そのタイミングがずれちゃっただけだよ」
正論だ。確かに、高校生になっても大学生になっても大人になっても、人なんていつかは死ぬものだ。でも………
「ずれただけって……早すぎるんだよ!せめて、大学ぐらいは一緒に行きたかったよ………」
「涼助。この状態が、いつまでも持つ訳じゃないんだ。今の涼助は、病院のベットで管に繋がれて眠ってるんだよ。涼助のお母さんとか、響人とかがそばにいて、いつ君が目覚めるのかってずった心配してる。涼助の目が覚めた時には、もう僕はそばにいないんだ。そばにいられないんだ。だから最後ぐらい、僕のお願いを聞いてよ、涼助」
頼みというより、懇願。雅貴に会うのは、これが本当に最後になってしまうのか。
「………わかった。なあ、雅貴のやり残したことって、何?」
緊張なのか恐怖なのか震えている右手を左手で押さえて、俺は雅貴に聞いた。
「…涼助。僕は、君のことが好きだ。」
「……………は?」
まさかの言葉に、俺は固まった。
「これを言えないまま死んだのが、僕のやり残したこと。他の人に同性愛者であることを否定されたみたいに、涼助に嫌われるのが怖かったんだ。でも今はもう、失うものなんて何も無いから」
そう言って笑った雅貴の声も表情も明るくて、嘘をついているようには見えなかった。
「なんだよ、それ」
何とか頑張って出した声は、自分の想像以上に震えていた。
「そんな事かよ、やり残したことって」
雅貴に背を向けた自分の口から出た言葉は、震えた声だったけどはっきりと雅貴への軽蔑が込められていた。
「…………うん。そんな事だよ」
表情は見えなかったけど、悲しそうな声を聞いて雅貴が傷ついていることがわかった。
「最後の最後まで困らせてごめんね、涼助。バイバイ」
慌てて振り向くと、そこにもう雅貴はいなかった。
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「涼助!?俺のことわかる!?」
目が覚めて一番最初に見たのは、心配そうな響人の顔と病院の天井だった。
「幸い、頭は打ってなかったって。手足の怪我も、サッカーができなくなる程の怪我じゃないらしい。良かったな」
「……は?」
「うん?」
寝起きだからか、声が上手く出ない。
「雅貴……は?どこ行った?」
もういないのはわかっているけど、聞かずにはいられなかった。
「雅貴は………涼助と話してくるって言って、いなくなった。戻ってきてついさっきまでここにいたけど、俺にさよならを言ってそのままどっか行っちゃった」
「そっか………」
助けるどころか、また傷つけてしまった。
「っ………なんで……」
「涼助?」
「ごめん、雅貴………」
俺は泣きながら、そう謝ることしかできなかった。
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やっぱ、屋上は入れなかった。俺は校舎の3階の渡り廊下から地面を見下ろしてため息をついた。響人とか、後輩にも先生にも迷惑かけることになっちゃうけど、生きてるよりはマシだ。俺は深呼吸して、手すりに足をかける。もう片方の足もかけて手を離したら、俺の人生は終わるんだ。
「涼助!!」
俺の名前を呼ぶ声がして、思わずそっちの方を振り向く。響人や同級生たちがいる。駄目だ、振り向いたら死ねない。
「お願いだから、一旦待て!踏みとどまれ!」
響人に強く腕を引かれ、俺は響人と一緒に渡り廊下でひっくり返る。
「なんで、俺がここにいるって、わかったんだ?」
「4時間目終わってすぐに、お前と一緒に食堂行こうと思ったらいなかったから。学校中探してて、外にいた後輩から涼助が渡り廊下の方に見えるって連絡来たんだ。普通に渡ってる感じじゃない、様子がおかしいって言ってたから、もしかしてと思って」
「………俺なんか、いなくてもいいだろ。なんで止めたんだよ」
俺は俯いて投げやりに言った。
「いないと困るよ!キャプテンに選ばれたのも、涼助に任せても良いと皆が思ってくれたからじゃん。話はこれから聞くから、とりあえず飯食いに行こうぜ。な?」
「……………うん。ありがと」
俺は響人に手を引かれ歩き出した。
「涼助」
「えっ?」
雅貴の声が、俺を呼んだ気がした。慌てて振り向くと、そこには最後に会った日のままの雅貴がいた。
「涼助なら、僕がいなくても大丈夫だよ。見えないところからずっと応援してる。こんな事を言ったらまた君は嫌がるかもしれないけど、………涼助。僕は君が好きだから」
「こないだはひどいこと言ってごめん。俺もだよ、雅貴」
俺は雅貴だけに聞こえるようにそう言った。
お久しぶりです、ぱるしいです。なんか毎回お久しぶりですって言ってますね。このお話、最初は演劇部の台本のアイデアとして考えていたのですが他の子の考えたアイデアが次の発表会の台本の原案として採用されることになったのでそれなら小説にしてしまえ!というノリで書きました。時間かかりました。シリーズ物でもないこういう単発の話で5000文字超えるの初めてです。このお話はちょうど今頃の季節だと思って書いているのでタイトルを「ヒガンバナ」にしました。お彼岸の時期って意味です。結構頑張って書いたので、感想とか頂けたら嬉しいです。