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Ⅲ
晴瀬です。
11月28日 6時31分 富永未悠
最悪の朝だった。
目覚めも悪い、朝の寒さをしのぐための布団まで剥がれている。
私は一つため息をついた。
弟を起こそうと横を見て思い出す。
弟が、死んだことを。
いつもいつも、寝ては忘れて起こそうと横を見て気付く。
弟は、死んだ。
何度言い聞かせても寝てしまえば記憶はリセットされて、いつもの習慣で横を見ればまた絶望して。
後悔して、苦しんで。
あの日、何でそんなことになったのか私は未だ考え続けている。
弟の笑顔が一瞬フラッシュバックした。
ベットから這い上がってリビングに行って朝ご飯を食べた。
無言の、重い空気の食卓で私とお母さんとお父さんでご飯を食べる。
箸の突く音や、咀嚼音がこの場を支配していた。
徐ろに、お父さんが口を開いて言った。
「本当に今日から行くのか」
どうやら私に言っているようだった。
お父さんも今日から仕事に行くと言っていたのに。
私は一拍遅れて答える。
「うん、もう勉強も難しいし、立ち直らなきゃ、いけないんでしょ?」
そう言って私は小さく薄く笑って見せた。
その私の精一杯の笑顔をお父さんは一瞥しておかずを口に含んだ。
一通り準備を終えて、私は仏壇の前に座った。
弟のための、弟の仏壇。
私は目を瞑って手を合わせた。
「行ってきます」
そう玄関の奥に声を掛けて家を出た。
久し振りの、通学路。
はあ、と吐いて白くなった息を眺めて歩いた。
弟は、この道を通ることはできなかった。
11歳で死んだ私の弟は中学生になれなかった。
憧れていた制服
憧れていた部活
憧れていた生徒会
憧れていた定期テスト
憧れていた先輩、後輩の上下関係
憧れていた修学旅行
弟は、叶えることができなかった。
「おはよう」
そう小さく呟いて教室に入ると一瞬朝休みのざわめきが止んだ。
「未悠」
と私の名前を呼んだ子が一人いた。
|有弥《あみ》だった。
私の、親友の一人。
中学に入ってすぐ仲良くなってそこからずっと一緒に行動していた。
有弥はさっきまで一緒に話していた輪から抜けて静かに私に寄ってきた。
「よく来たね、頑張ったね」
そう言って有弥は私を抱き締める。
怖怖、柔らかく私を抱き締めて背中を擦った。
きっと、どう接すればいいか分からないんだ。
有弥は私を抱き締めながら耳元で「辛いことあったらいつでも言ってね、何でも聞くから」そう言ってから私を離した。
「ほら、寒かったでしょ?
1時限目数学だよ、地獄じゃない?あ!そういえば数学の|横山《よこやま》レポート課題出してた!?やっべ〜やってないわ〜
あ、未悠は休んでたんでやってませんって言っときな!」
有弥は大きな声でそう言って、頭を掻いた。
いつの間にか朝休みのざわめきが戻っていた。
弟が死んだって情報、皆に知らされるんだ。
というか、耳聡い人が聞いて拡めたのか。
そっちの方が納得できる。
私は小さく、息を吐いた。