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輪の終着点そして始点
数人の御さきさん*(おさきさん)たちの足袋を縁側で行き交う足音が私を微睡からゆっくりと確実に引き剥がす。私はそれに抗ってこの温かい日が照らす草花の香りが眠りへとまた誘われることを望んで膝を抱えて側にある縁側の雨戸の内にあるガラス戸によりかかる。
そうするとまた身体の芯から熱が沁み渡っていくように感じる。
眠気がもうそこまできた頃にその話は無慈悲にも私の耳を貫いて一生忘れることのない記憶へとこびりつく事となった。____
「ねぇ、来月で蕊(はな)様は八歳を迎えますでしょ?お祝いの場では鷹一(たかいち)様が次期当代として蕊様にお言葉をかけるよう当代からのご指示があったそうな」
「まぁ、鷹一様直々に?へぇ、それは大層お気の毒、ですね」
「、、っ気の毒とはどういったことなんです?
ああ!ごめんなさいっ私はまだここに勤めて来月で丁度一年でしてまだまだ知らないことが多くてですね、、ですが!このお家に住み込み初めて間も無くの頃に私はまだ右も左もわからず立ち止まってしまっていた時に坊ちゃんやお嬢さんに折り鶴をいただいて_____
『鶴宮家*のみんなは職人さんや御さきさんを大事に大事にしてきたことで長い間酒蔵の名家として栄えてきた。そこで働く者たちによって僕たちやお父さんはこれまで支えられて頑張ってこれたんだ!だから僕達はあなた方のためにも必死になってこの家を後世まで残し続かせてみせるよ!』
まだ中学校に上がって間もない坊ちゃんがあんなにご立派であられたのはこのお家の、当代様のご教育の賜物、でしょう?」
______場に静寂が戻った。
「っっ、あなたは、ここに勤められてまだまもないとおっしゃっておりましたわよね?」
話を始め出した御さきさんのうちの1人が手に持っていた重い木箱をおろし、先ほどまでつらつらと私達兄妹を思っているかのような言葉を発した新人の御さきさんに向き直った時にまた新たな緊張感を場に吹き荒らした。
彼女は端的に事実の誤認なきように話した。
「このお家に古くから伝わる風習には当代には長女が望ましいとあるの。いえ、望ましいのではなく決定的な話、ね。先代までは例外はあれど全員が女性だったのはご存知でしょう?現・当代はその例外のうちになります。先代が蕊様をお産みになって産後まもなくに、、、元々お身体を弱くしてらしたから鷹一様がご誕生の際にはもうその望みはないものとされていましたが、それから5年の歳月が流れ蕊様を孕(はら)まれてから先代もさきのお端の方も大変お喜ばれになりましたわ。
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それからの話は記憶にはない。ただ、すぐ近くまでやってきていた背中と瞼を覆ってしまうほどの眠気が帰ってこないことにこれほど悔やんだことはないだろう。
……………
御さきさんらの会話を聞きつけて、隣の部屋から早足になった足音で襖を開けてそこへ直属の上司であり、家政の実権を握る方。お端の方(おはのかた)が現れる。そうしたら、私語はいけません、だの、士気が下がります、だの言って早々にその場にいた全員の御さきさんを出払わせていた。
お端の方は伝統文化である酒蔵を代々継いできた歴史の長いこの家で私達兄妹を当代の子供としての教育。生きていく上で大事な作法。そして長い歴史を繋ぐこの家でこの業界で生きていくための心の根を強くはっていく気概さえも厳しく叩き込まれた。お兄ちゃんが中学校に上がった頃にそれまでおば様と呼んでいたけれど、それ以降はお端の方と呼んでいる。
また静かになった縁側で深く息を吐いてみる。
「今年もまた暑い夏になるでしょうね。、、、
さあ、蕊様!貴方の誕生日ももうすぐそこですよ!呉服屋でお着物を拵えてもらったものが用意できたそうですので、このまま呉服屋まで出掛けますよ!支度なさって式台*の方からでますよ。」
「はい。あ、お端の方、お兄さんはいつ頃お帰りでしょうか。___________
〈鶴宮蕊の全てのことわり〉
御さき(おさき)さん
鶴宮家に仕える女性(女中)たちの総称。お端の方とは異なり、血縁関係のない者が主だが、中には遠縁の者や、一族へ嫁入り・婿入りした縁で奉公に上がる者もいる。家事のみならず、酒蔵の細かな実務や行事の設営も支える、家の屋台骨である。
お端の方(おはのかた)
「御さき」たちを束ねる中間管理職であり、家政・渉外・行事設営のすべてを取り仕切る実務のトップ。本作では蕊(はな)の叔母(亡き母の妹)がその座に就いている。若くして夫を亡くした後、先代の逝去と前任者の隠居に伴い、鶴宮家の秩序を守る「番人」として呼び戻された。子供たちにとっては、厳格な教育係でもある。
鶴宮家(つるみやけ)
古くから続く、由緒正しい歴史を持つ酒蔵の名家。独自の風習や「女性当主」を尊ぶ不文律があり、現代においてもその伝統を厳格に守り続けている。
式台(しきだい)
鶴宮家の正門に構えられた、格式高い表玄関。一段低い板敷きが設けられた構造は、かつての武家屋敷や限られた名家にのみ許された建築様式である。重要な来客や、当主一族が公式な行事へ臨む際のみに使われる「聖域」に近い場所。