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4-9 決別
アシュトンめ。一番大切な情報を伏せていたな。ルーカスたちも『魔神』の打倒を目的としているということを。
「僕の話は終わりだけど、何か聞きたいことはあるかな?」
「一つだけ」
俺は指を一本立てて、
「ルーカスは、なぜそんなに邪神を敵視するんだ?」
この答えによって、今後の俺の動向が変わる。
単に邪神を敵視するだけなら、邪神を殺した俺は歓迎されるだろうし、邪神に関係する者は全て敵だというのなら、俺は当初の計画を実行する。
俺の質問に、ルーカスはさっと目を伏せて、
「妹――と言っても、義理の妹だけどね――が、邪神の信奉者に殺されたんだ。彼女は、強く、優しい女性だった」
ひどく沈痛な声だった。
「妹を殺した人間はすぐに皆殺しになったけれど、それで妹が戻ってくるわけじゃない。未だに、僕が死んでおけばって、そう思う時があるんだ。だから、ただの人間だったはずの存在にあんなことをさせた存在を、邪神を、絶対に許さない」
ルーカスは手のひらに爪が食い込むほど、強く拳を握り締めた。
これは、俺が地獄から出てきたことを言うと戦いになるな。互いに相手を殺すまで終われない戦いに。
世間一般では、地獄に閉じ込められているのは、邪神と邪神に|与《くみ》した大罪人ということになっている。俺にはそんなつもりはないが、ルーカスの目には俺も邪神の信奉者と同じに映るだろう。
ルーカスの元へ戻るのはなしだ。いつか地獄にいたことが明るみに出て、ルーカスに四六時中付け狙われる羽目になる。
となると、このままアシュトンやヒューゴのところへいるということだが――それも気乗りしない。彼らは、人間界に模擬魔獣を放って性能試験を行っていた。そんな彼らの組織に所属するということは、白い目で見られても文句を言えないということ。
犠牲者がどれだけ出ようが、全く気にしない。そんな組織とルーカスたちは、人間界と魔界ということもあって、敵対しているらしい。
ルーカスと、ヒューゴが面倒だと言っていた相手。それらが纏めて敵に回るのは避けたい。
「これで、質問の答えになったかな?」
「とても」
俺は深く頷いた。ルーカスたちの組織に所属してはいけない。そして敵対してもいけない。
俺が目指すべきなのは第三勢力。アシュトンやルーカスの追跡から逃れ、自分のわがままを通すだけの力が要る。
そのために、まずは俺を死んだと思わせる。ルーカスだけでなく、ヒューゴにも。
「ノル?」
ルーカスに、さて何と答えたものか。
起爆剤となる言葉が欲しい。ちょうど良い言葉が頭をよぎる。ああ、それにしよう。
「――俺は、地獄から出てきた」
爆弾を、放った。
「――。それは本気で言っているのかな?」
ルーカスは一瞬だけ思考を止めて、俺に確認してきた。
冗談の類を本気で受け止めて、無実の相手を殺したら目も当てられないからな。ある程度の理性はあるらしい。
「ずっと本気だよ」
「そうか」
それが、俺たちの会話の最後だった。
目にも留まらぬ速さで剣が抜かれる。俺の腕に向けて振るわれたそれを左手で受け止め、俺はルーカスを見た。
「その言葉、取り消すなら今のうちだ」
「取り消すも何も、真実だからなぁ」
剣を素手で握った俺の手から血が流れ、地面に赤い染みを作る。何滴目かも分からない|滴《しずく》が地面についた瞬間、俺とルーカスは同時に動き出した。
剣が引き戻される。そうさせまいと俺は剣身を強く握ったが、剣は指を切り落として引かれた。
地面に落ちた指を風で回収し、断面につけて魔法で回復を促進する。あれだけきれいに切り落とされていればすぐに治るだろう。
指のいくつかを同時に失っても顔色一つ変えない俺に、ルーカスは眉をひそめた。
「一体どんな環境で……いや、むしろ納得できる」
一体世間一般で、地獄はどんな場所だと思われているのやら。体の一部を失っても平気で戦闘続行できるのは一部の修羅で、俺はくっつく自信があったからだ。
この距離なら俺も肉弾戦で応じよう。
俺は剣なんて武器、持っていない。リーチの差があり、俺に不利だ。試しに、相手の武器を消してみるか。
『権能』――消去。
手応えなし。弾かれた。ルーカスも剣が大事なものだと理解しているのだろう、その保護には余念がない様子だ。
それなら、俺も武器を生み出すまで。『権能』――作成。ルーカスの剣をコピー!
聞き覚えのある音を立てて、俺は剣を握った。徒手空拳だと負ける確率が高くなりすぎるから、仕方ない。
「僕の剣。でも、ところどころ違うみたいだね」
一発で見抜いたか。俺は邪神の権能を完全には制御できていない。だから、今回のように、見た目は同じでも中身が違うことが起こり得る。
「よく分かったなあ!」
右足、強く踏み込んで勢いを加算する。ルーカスは剣を両手で持って受け止め、勢いすらも殺した。
その足元には、大きな足跡ができている。しっかり踏ん張った証だ。
「このままじゃ、君は僕に届かないよ」
ルーカスに、その長い脚による蹴りを叩き込まれた。
「悪手だろ」
「僕が考えなしの馬鹿だとでも?」
今、俺が欲しかったのは距離だ。それを、ルーカスは蹴りで吹き飛ばすことで、自ら提供してくれた。
「がっ!」
背中に強い衝撃が走る。建物だ。廃墟の壁にぶつかった、いやぶつけられた。
魔法で回復力を強化し、立ち上がる。距離はほとんど稼げていない。相手も、俺に距離を稼がせてはならないのは分かっていた。
時間だ。時間を稼げ。俺は月が昇る前から作戦を開始していた。後もう少し、ほんの少ししたら月が昇る。月が昇ればこっちのもの。
「最後になにか言い残すことは?」
俺の元へすぐに駆けつけたルーカスは、俺の首元に剣をあてがった。鋼の冷たさが、火照った体に気持ち良い。
「まだ終わりじゃない」
そう言って後ろへ意識を向け、魔力を高めた。
ルーカスもつられて後ろへの警戒を強める。実際には何もないというのに。
俺は姿勢を低くして、ルーカスの横を一気に駆け抜けた。とにかく距離を取る。
低い建物の上に跳び上がり、走る。手頃な高さの建物を見つけたら、そちらへ。そうしてどんどん上へと昇っていき、有利な場所を勝ち取る。
よし、ここらで一番高い建物に到達した。魔法で身体能力の上限を少しだけ突破し、体に無理をさせただけのことはある。
ルーカスは――まだ下か。
ん? さっきの位置から一歩も動いていない。
違和感を覚えたときには手遅れで。
「まほ――っ⁉」
俺と同じように、世界を書き換えて自分の望む結果を生み出す技。それが使われる気配を感じて、俺は身構えた。
魔力を使って妨害し、書き換えてしまおうと企むが――。
「っ、干渉できない!」
それは、魔力での干渉を一切受け付けなかった。この強度、魔法より邪術の方に近い。
ルーカスの術は発動寸前。威力は高く、範囲は狭く。そう設定されていた。
避けるだけならいけるか? 分からない。
ここに来た時と同じように、建物を順に下っていくには時間が足りない。
俺は腹をくくった。屋上の端に移動し、姿勢を低くして、助走をつける。そのまま――屋上の端を蹴って、体を空へ躍らせた。
俺の体が空中で静止したのはほんの一瞬。すぐに重力へ引かれ始め、地面がみるみるうちに近づいてきた。
体を金属と同じぐらい硬くして、衝撃に備える。
俺は見た。ルーカスの術を。
あれだけの規模のものを発動するのに、どれだけ練習したのか分からない。
あれをきちんと制御するのに、一体どれだけの努力を要したか分からない。
たった一つ、確かなのは――その威力だ。
空が一瞬だけ光って、爆音が耳をつんざく。
建物の中に残っていた可燃性のものが燃え、窓から赤い光が見えた。
俺が被害を受けなかったのは、本当に偶然。
もし、あのまま屋上にいたら。俺は建物と一緒に、その生を終えていただろう。
それだけ強力な現象で。だからこそ、扱いが難しい。
――雷というものは。
着地に失敗すれば大怪我は免れず、その結果として死がやってくる。そう思えば緊張するのも無理ないことか。
その瞬間のために、思考が研ぎ澄まされていく。いつもの何倍もの速度で頭が回転し、体も思い通りに動く。
地面。タイミングを慎重に測る。
伸ばした手の感覚が、その衝撃で一瞬だけなくなった。
接地したと同時に、一回転し、落下の衝撃を殺す。当然受け身も取った。
ルーカスは――見える範囲にはいない。
ただし、油断は禁物だ。彼は、一瞬で俺との距離をゼロにできるのだから。転移を使わずに、その足で。
雷に打たれた建物を見る。ひどい状態だ。
更に、かろうじて残っていたガラス窓を叩き割る音があちこちから聞こえる。ルーカスが俺を探しているのだ。
俺が脱出に成功したことに、ルーカスは気づいていない。この隙に、建物からそっと離れよう。
そうして、数歩歩いた時。俺は、足を止めた。
「やっぱり、ノルがあれで死ぬとは思えなかったんだ」
ルーカスがぞっとする声で、俺の耳元で|囁《ささや》いた。
俺の首筋を薄く切り裂く剣の感覚に、背中に汗が伝う。
これは、脅しではない。現に、俺は傷を治し続けているのに、血が止まる気配がない。ルーカスが俺の首筋にずっと剣を押し当てているのだ。
「地獄の様子、詳しく教えてくれないかな。今度、一気に攻め立てようと思っているんだ」
「話しても良いが……素直に言ったところで、信用してくれるか?」
「しない」
――俺が足を止めたのは、ルーカスの剣が原因ではない。歩く必要がなくなった、もっと言えば、逃げる必要がなくなったからだ。
やっとだ。ようやく、反撃に移れる。
俺は、天に手を伸ばして――その先にある、月を仰いだ。
――接続開始。
次回予告。
月は昇った。ノルは全力で、ルーカスに挑む。
「俺が勝つ」
次回、4-10 滅びろ