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白と黒のグリンプス 1
ねえねえ、こんな怪談知ってる?
何、それ?
寂れた裏路地に、時折現れる鏡の話!
その場には場違いなぐらいに豪奢な手鏡で、拾おうとして手を伸ばすといつの間にかボロボロになって消えていってしまうの
時折、その鏡に宿った霊に見初められるとその鏡を使う権利を得られる人もいる。
でも、その鏡を覗いた人はね──
「下手人の行方は、誰も知らない……」
ふうっと蝋燭の火を吹き消す音が聞こえる。
蝋の燃える匂い。
膝を突き合わせて向かい合う部屋の中は暗い。
ゆらりと揺れる数本の炎が、謎めいた雰囲気を醸し出している。
「はい、ナオミ。次はあなた」
「分かりましたわ! 最近新しい噂を耳にしましたのよ」
そんな部屋の暗さを吹き飛ばすような楽しげな声が響いている。
きゃっきゃっと戯れる女性方を見て微笑ましいと思うと同時に、なぜ自分がこの場にいるのか不思議でならない。
「敦。ナオミの次はあなただからね」
「勘弁して鏡花ちゃん……」
僕の名前は中島敦。
故もわからず、怪談の集いに参加しています──。
何故こんなことになったのか。自分でもよく分かってはいないが、とりあえず整理してみよう。
ことの発端は、今日の昼休みだった。
「皆さん! 今夜怪談話をしませんこと?」
喫茶うずまきで昼ご飯をとっていたところ、ナオミさんが言ったのだ。
溌剌と話す妹の姿に、谷崎さんがツッコミを入れる。
「あのーナオミ、今はもう夏じゃないよ……?」
「やだ、お兄さま。怪談話の旬は決まっておりませんのよ!」
何でも、ナオミさんは“パジャマパーティ”なるものをしたいらしい。
けれども、ただするだけでは詰まらない。
ということで、怪談というコンセプトのもとで行いたいらしかった。
丁度明日は祝日。探偵社も休みだ。
ナオミさんの行動力は恐ろしい。
あれよあれよという間に、夜、僕は探偵社の応接間に集まっていた。
集められたのは、ナオミさん、与謝野先生、鏡花ちゃん、僕。谷崎さんはパスしたらしい。
正直羨ましい。
そして何故か……
「こういうのってすっごく楽しいのね、ギン! キョーカ、ナオミ、アキコ、ありがとう!」
「ぁ、ありがとう、ございます」
「これくらいなんて事ない」
「そうですよ、銀さま、エリスさま」
「うんうん」
……。一寸待ってくれ。
「本当になんでエリスさんと銀さんがここにぃ!?」
「別にびっくりさせる積もりは無かったのよ、ホワイトタイガーちゃん」
「敦、まだ言ってる」
何故ポート・マフィア首領の寵姫と芥川の妹さんがいるかというと。
この前、僕や中也さんが目醒めなくなってしまった『夢浮橋事件』。其の後、社長とマフィアの首領が同盟関係を強化したのだが。
愛弟子である中也さんが太宰さんと付き合うことになり、心配でたまらない尾崎さんが、それに乗じて鏡花ちゃんに定期的に報告をお願いしていたらしい。
そして、其の雑談の中で今日怪談をする、という話が上がり。
この二人にも伝わって行ったそうだ。
「怪談話は人が多い方が楽しいのです」
「鏡花が大丈夫だと判断してるし、社長も知ってるからねェ」
万が一があっても、と笑う与謝野先生。
何なんだこの二大ゆるふわ組織。平和なのはいいことなのだろうが。
平和にも程があるだろう。そして僕の場違い感が否めない。
「さあっ、次は私ですね! では、始めましょう……」
ナオミさんはそっと語り出した。
蝋燭のちろちろとした明るさが、ナオミさんの顔を照らし出している。
溌剌とした少女の声は次第に潜められ、百の声を持つ女性の声へと変化して行った。
学校で耳にした話です。ある生徒……仮にAとしましょう。
ある日のこと、Aは、学校も終わったため家へ帰ることにしました。
Aは裏路地を通り、歩いていきました。
家と学校を結ぶ道には二通りあり、一つは表通りを通る道、もう一つは裏路地を使う近道です。
その日はもう時間も遅く、空も暗くなってきたところでしたのでAは後者の道を使い、家へ帰ろうとしました。
ある裏路地を進んでいる時でした。
ふと、視界の端にきらりと光るものがあり、振り返りました。
……何もありません。
猫一匹すらも居ませんでしたので、ほっとため息をついて道に目を落としたのですが、その時Aは異物を見つけました。
それは、豪奢な手鏡。
美しい細工の施された“それ”は、寂れた裏路地には似合わないものでした。
天を向き、普通なら空を写すかと思われた鏡は、曇って何も写していません。
こんなに高価そうなものなら、探している人がいるに違いない。
Aはそう思い、その手鏡に触れようと手を伸ばしました。
しかし──
手鏡は指が触れた瞬間、煙のように跡形もなく消えてしまいました。
残ったのは、触れた感触だけ。
Aは不思議に思いながらも、家路につきました。
其の次の日。
Aは昨日の出来事を友人に話しました。
こんなことがあったの。
A……
何?
友人は目を見開いて、青ざめた顔でAに言いました。
命拾いしたね。
もし、鏡に写っている自分を見ていたら如何なってたかわからないよ──と。
其処迄言ってから、友人はしまった、というように口を塞ぎました。
冷や汗が、友人の頬をつうっと滑ったのを、Aは確かに目にし。
Aは友人に大丈夫かと問おうとしましたが、友人は、忘れてと言い、去って行きました。
それから、友人の姿を見た者はいませんでした──
ナオミさんはふうっと蝋燭目掛けて息を吹いた。
炎が大きなゆらめきを残して、ジュッと消えるのを、僕はぼんやりと見ていた。
隣にいたナオミさんがちょんちょん、と僕を突く。
「敦さん」
僕の番が来てしまったようだった。
僕は渋々、孤児院にいた頃に聞いた話を語った。
その後、銀さんが妙に現実味のある怪談を話したり、煙に酔ってしまったエリスさんを与謝野さんが介抱したりするなど色々とあったが、『怪談の集い』は特に何もなく終わった。
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「芥川!」
「解っている」
僕は後ろにいる芥川に叫ぶ。
すると、不満げな声と共に彼奴の黒布が僕の前へ飛び出した。
僕は其れを駆け上がると、其の先にいた|標的《ターゲット》に向かって手刀を構える。
僕の姿を捉えた|標的《ターゲット》は、唇を戦慄かせて言った。
「まさか、あ、あの、“白と黒”……」
其の言葉を言い残し、標的は手刀で気絶した。
「遅い」
「煩いなぁ」
音もなく歩いてきた芥川は、黒布を操って標的を絡め取ると小言を放った。
捕縛された標的は、今からマフィアへと送られるのだろう。
彼は、危険ドラッグを売買した組織の長だった。
ヨコハマの夜を治めるポート・マフィアの預かり知らぬところで行った罰として、生き地獄を味わった上で消されるのだろう。
この数ヶ月で否が応でも覚えてしまったマフィアの掟を反芻する。
今日はポート・マフィアとの合同任務だった。
異能者がいる可能性があるため、僕と芥川が動員されたのだが。
「真逆またしてもあの名を聞かされることになるとは」
「本当だよ」
はあっと僕は溜息をついた。其れが不覚にも芥川と被ってしまい、気不味い思いをする。
「僕たちが“薄暮の白と夜の黒”なんて言われるようになるなんて……」
「全くだ」
“薄暮の白と夜の黒”。白と黒、なんて呼ばれたりもする。
探偵社に所属する僕と、マフィアに所属する此奴を表す渾名だ。
誰が言い始めたのかも分からないそれは、いつの間にか裏社会ではよく聞く名前になっていった。
勿論、先輩方の渾名である“双黒”には遠く及ばないが。
前をスタスタと歩く芥川を見る。
此奴に何の後ろめたさもなく背中を預けられるようになったのは此処最近からだった。
あの『夢浮橋事件』で相棒として認められていることが解ってから。
そんなことを思っていると、視線が気に障ったのか芥川が此方を見てきた。
「ほら、行くぞ。人虎」
「解ってるよ! ていうか其の“人虎”やめてくれない?」
「何故。人虎は人虎だろう」
「失礼じゃないか!?」
薄く笑った後、顔を戻した此奴の横顔を見る。
此の横顔を見ていられるのは後どれくらいかな、なんて。
そう思うと胸に乾いた風が吹いた。
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僕は、厳しい孤児院育ちのせいか、人の感情が切り替わる瞬間が判る。
同じように、その環境の中思うようになったこともある。
それは、自分を信じてくれた人が、後どれほどで自分の元から離れていくのか。
探偵社の人たちは、僕のその疑いを何度も何度も壊して、正してくれた。
けれど、芥川はどうだろう。
僕に『相棒だ』と声をかけてくれた芥川。
あの仏頂面な相棒がそうでなくなってしまうのは、いつなのだろうか。
(分かってる)
それは、彼に対しての侮辱だと。
でも──お互いの思っていることが違ったら?
伝えればどんなことも乗り越えられると思っていた。
けれど違った。
これは、伝えればいいものじゃない。
だってこれはきっと──“恋”だから。
僕の一方的で、暴力的な思いだから、しまっておく方が賢明なんだ。
・
はい、始まりました。新章!
眠り姫でございます!
前に一度上げたのですが、大幅な加筆が出たのでもう一度上げなおしました!
すみません!
今回は題名からもわかるように新双黒組をメインにして書いて行きます
前回は取り敢えず相棒関係まで進ませて保留にしていた二人。今回は如何進むのか!?
次回、或る女性と敦。エリス、アンと遊ぶ。の2本です!
それじゃあ最後にー? ジャーンケーン、ポン! うふふっ
っと、ボケはここまでにしといて笑(紫:ボケが長い。読者が困ってるぞ)あ、はい。(今は日曜夕方の雰囲気はいらないんだよ)はい。
兎に角、ここまで読んでくれたあなたに、心からの感謝と祝福を!
そして気長に私を待ってくれると嬉しいです!