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20240904
6句
**|露葎《つゆむぐら》 |槌《つち》の子|誘《おび》きだす卵**
未確認生物であるツチノコ、どうやら生卵を食べるらしいと聞いた。眉唾物だが、子供のころはそういったことに何ら疑いもなく、素直に受け取るものだ。
村の守り神の、樹齢100年樹の根元に預けるように、生き生きと生卵を仕掛ける子供たち。後日確認してみたが、残念ながらツチノコは捕獲できなかった。その代わり、秋の低温と冬の予兆である露が、地面の葉に引っかかっていた。
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**曾祖父の出征|朱夏《しゅか》の卵焼き**
戦時中、卵が貴重だった時代。
卵焼きが大好きだった曾祖父の出征日に際し、曾祖母が卵焼きを特別に作って出してくれた。
「朱夏」という季語が、戦争に赴く曾祖父と黄色い卵焼きの焼き目。これから人を殺してしまうかもしれない近い未来。血の赤、背負う日の丸の赤、出征を通達する赤紙など、鮮烈な赤を添える働きがある。
出征、朱夏と音をそろえているのもポイント高い。
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**ゆで玉子ていねいに剥く野分の|夜《よ》**
台風が家全体を揺らすように夜を襲っている。
家の中で眠れない人が、丁寧にゆで卵の殻を剥いている。
パリ、パリ、の音で自分の心を落ち着かせようと努力している様子は、その時代卵が貴重であることの証左である。
殻の剥く音と台風の激しい音が乱雑にまじりあい、野分の強い風ですべてを吹き飛ばそうとしている。
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**|秋郊《しゅうこう》のビストロ放し飼いの|軍鶏《しゃも》**
秋郊:秋の郊外の草原。
郊外の美しくておいしいと噂のビストロへ、食事をしてきた。
軍鶏の卵料理は絶品で、放し飼いの軍鶏の鳴き声がくちばしで突かれるようにそこまで聞こえてくるようである。
都会の窮屈な場所より、このような土地の広いところで飼われた動物の卵は一段と高級っぽく見え、味も段違い。
ストレスの色が感じないからこそ、美味しいに違いない。
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**ほの青き地鶏の卵秋の宿**
宿以外何もない秋の宿。テレビもなければネットもない。
あるのは夜にいただく地鶏を使った料理のみ。
卵の殻の色は、白い色が強く出ているようで白というより青い。それを割って、卵を溶く。
静寂の温泉地で、卵を溶きまわす箸の音が室内に響く。自らが生み出している音に、若干の安心が|滾々《こんこん》と湧いて出る。
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**立秋のたまご水平線の色**
「たまご」という小さな生まれたての典型を出して、後半に「水平線」という海の色を示す。
そのたまごの色は本当に青かったかもしれない。白波立つおだやかな海から生まれたのだから。
あるいは、茶色のたまごでも、夕暮れの茶色に焦がす海を想像できる。
青を書かないで青と感じさせる、茶色と書かず茶色を感じさせる。
読者の想像の余地を残した句といえる。