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はじまりを、ふたりでやり直す。
夏の日だったよね。
虫捕りの帰りにマンション街を、コウちゃんと歩いていた。
不器用なコウちゃんは、3時間近く森で粘っても、小さな蝶々1匹しか捕まえられなかった。僕は虫捕りをよく練習しているので、虫かごの中には今思えば気色悪いほど大量の虫を詰められた。
「ユイトくんはすごいねぇ……!」
「コウちゃんも練習すればできるよ!」
そして、かごを羨ましそうに見るコウちゃんに、僕は言った。
「どれかあげる?」
「いいの⁉」
えーじゃあどれにしよっかなぁ、と僕のかごを嬉しそうに見つめるコウちゃん。
その瞬間。
地面が、大きく横に揺れた。
「うわぁぁっ⁉」
地震だ。
あたま、守んなきゃ。
「コウちゃん!」
コウちゃんは地震でよろけて、マンションの方に行ってしまった。
その時だった――コウちゃんの頭の上に、植木鉢が落ちてきたのは。
ガチャン。
そんな音を立てて、植木鉢は割れた。
コウちゃんは、ふらりとしてから、倒れた。
頭からたくさん血が出ていた。
「コウちゃん……?」
返事はなかった。
びくともしなかった。
気味が悪かった。
「コウちゃん!コウちゃん‼」
どれだけ呼んだって返事が返ってこなくて、“それ”に薄々気づいていたっていうのに必死に呼び続けた。
もう2度と、一緒に虫捕りに行けないかもしれない。
「コウちゃんっ‼」
だんだん、当時は好きだったはずの救急車が近づく音が聞こえた。
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野球部のボールが当たって気を失った女子がいるとは聞いていたが、やっぱり救急車が来てしまった。
空を裂くようなサイレンを聞いたせいで、僕の前にあの光景が蘇った。呼吸ができなくなる。
昔のことを思い出すと、いつもそう。
あれからサイレンの音はトラウマになった。あの地獄のような光景を思い出すトリガーとなって、今も僕の頭を苦しませてる。
「先生!|唯都《ユイト》が苦しそうで……!」
同じ剣道部員の友達が、先生を呼んでくれた。
先輩が僕の背中をさすって、「大丈夫?」と言ってくれたけれど、あの音が鳴りやまない限り、過呼吸が収まるわけもなかった。
「面、外すね」
そう言って先輩が後ろの紐を解き始めた。さすが中学校から始めていた先輩だけある、小手を外すとすごい速さで面を外してくれた。
呼吸が収まるまで、どのくらい時間を食っただろう。
涙とか鼻水でぐちゃぐちゃになった僕の顔を、別の友達が拭いてくれた。
「どしたん唯都、怖くなったん?」
「ちょっと、昔のトラウマでさ……」
「|澤谷《さわや》、もう今日は帰ったほうがいいんじゃないか?」
顧問の先生がそう言ってくれた。
「はい……そうします」
防具とかを片付けて、通学鞄を持とうとしたら、先生に引き留められた。
「1人で帰れるのか?親御さん呼ばなくていいか?」
「大丈夫です、家近いので」
そして、剣道場を出た。
どうやら部延長のない部はこの時間に下校なようで、同じクラスで友達の|浬《かいり》と会った。
浬はよく見る奴で、僕の顔を見るなり言った。
「やっぱ唯都、さっきのサイレンだろ」
「な……なんで」
「こないだ帰った時も、救急車に妙に敏感だったし」
やっぱ、よく見る奴だ。
「トラウマでさ」
「あぁ」
浬はそう言って黙った。
まずいこと言っちゃったかな……。
そう思っていたけど、しばらく経って言った。
「治療とかって、しないの?」
「……え?」
「いや、そんな辛そうなら始めた方がいいよなって。俺も治療でよくなったと思ってるし」
「でもさ……」
ほんとのところ、僕は何度もそのことを考えたことがあった。
人の命を守るために都市部を走り回る救急車に、ひとつひとつ反応しちゃうくらいだから、日常に支障、なんて軽いものじゃない。
けれど、コウちゃんもずっと頑張ってるから――。
「僕だけが逃げるのは嫌なんだ」
「――そう」
治療=逃げではないと思うけどね、と浬は呟いた。
実は、虫もちょっと苦手になってきてる。
コウちゃんが聞いたら悲しむかな……。
私の小説で剣道部員第2号、登場。
そういやうちの子たちってどういう比率で部活に入ってるんだろう(語彙力)