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『君と僕の、夏の境界線』3
神社の境内に続く坂道は、色とりどりの提灯の光で埋め尽くされていた。
ソースや綿あめの甘い匂い、遠くから聞こえるお囃子の音。いつもの見慣れた地元の一角が、今夜だけは特別な場所に思える。
「あ、蓮! 待った?」
人混みの向こうから、聞き慣れた声がした。
振り返った僕は、一瞬、息をするのを忘れた。
そこにいたのは、いつも部活帰りにポニーテールを揺らしていた葵ではなかった。
藍色の落ち着いた浴衣に身を包み、髪をふんわりとアップにまとめている。うなじが少し覗いていて、夕暮れの街灯に照らされた彼女は、なんだか急に大人びて見えた。
「……全然。今来たところ」
「嘘。鼻の頭にちょっと汗かいてるじゃん」
葵はくすくす笑いながら、浴衣の袖をパタパタと揺らした。
お互い、幼馴染から「恋人」になって初めての約束。何を話せばいいのか分からなくて、僕たちの間に少しだけぎこちない空気が流れる。
「……その、浴衣。似合ってる」
「ありがと。蓮のジンベエ姿も、新鮮でかっこいいよ」
お互いに褒め合った瞬間、カッと顔が熱くなるのが分かった。照れ隠しに僕は、わざと少し前を歩き出す。
お祭りの人出はピークを迎えていた。
すれ違う人と肩がぶつかりそうになるたび、葵の下駄の音が不規則に乱れる。
「うわっ、とと……」
大きなグループが横を通り過ぎたとき、葵の身体がぐらりと傾いた。
僕はとっさに手を伸ばし、葵の手首を掴んだ。そのまま、指を絡めるようにして、彼女の手をぎゅっと握りしめる。
葵の手は少し冷たくて、だけど驚くほど柔らかかった。
「は、離れたら迷子になるから。……こうしてて」
「うん……ありがと」
葵の顔が、提灯の赤い光のせいだけではなく、真っ赤に染まっているのが分かった。繋いだ手のひらから、お互いのドクドクという鼓動が直に伝わってくるみたいだった。
リンゴ飴を半分こして、他愛のない話をしながら境内を抜ける。
裏手にある、街を一望できる静かな高台へと向かった。ここから花火が一番よく見えるのを、僕らは昔から知っている。
夜風が、火照った僕らの頬を優しく撫でた。
ドン、と地響きのような音がして、夜空に大きな大輪のひまわりが咲いた。
色鮮やかな光が、葵の横顔を美しく浮かび上がらせる。葵は花火を見上げたまま、繋いだ手に少しだけ力を込めてきた。
「ねえ、蓮」
「ん?」
「私ね、東京に行くの、寂しいけど……もう怖くないよ」
葵は花火から目を離し、まっすぐ僕を見た。その瞳には、夜空のきらめきと、僕の姿が映っていた。
「蓮が『終わらせない』って言ってくれたから。離れても、私たちの境界線は消えないって信じられるから」
次々に打ち上がる花火の光の中で、葵はひときわ眩しい笑顔を見せた。
僕は繋いだ手を自分の胸の近くまで引き寄せ、もう片方の手で、葵の頬に触れた。
「当たり前だろ。遠くに行ったって、ずっと葵の特別は僕だけだから」
大きな花火の音が、僕らの照れくさい言葉を全部かき消してくれた。
でも、言葉なんてなくても、重なる視線と繋いだ手のぬくもりが、これからの僕たちの未来を確かに約束していた。
(終わり)