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怨恨ノ京 #8 播磨まで二十八里(竹)
#8 播磨まで二十八里(竹)
播磨国までは遠い。
なんせ二十八里(111km)もあるのだから。
さらに、先日まで続いた大雨で、土はぬかるんでおり、雲行きも怪しかった。
流石にこんな道を歩くと疲れるだろう。
「今夜はここに泊めてもらいましょう」
陽が沈む頃、奥深い山道に、大きな家が一軒あったのを見つけた。
家は明るい光で包まれていて、特に怪しい印象もないので、ひとまず左夜宇が入って行った。
「すみま…」
ゴンっ!
すみませんと、入口で戸を叩こうとした時、女の人が飛び出してきた。
ちょうど、左夜宇と頭をぶつけてしまったのだ。
「大丈夫か?」
そばにいた宇京は、下敷きに転げた左夜宇よりも、女の人の方を心配する。
女の人は、宇京の手を取りながら、頭を抱えている。
「痛っ!あっ!ごめんなさい…!」
「大丈夫ですよ。私の不注意で申し訳ありません」
左夜宇も割と冷静だ。
すると、家から男の人が出てきて、左夜宇に頭を下げた。
どうやら女の人と男の人は夫婦みたいだ。
「うちの妻が申し訳ありませんでした」
丁寧に夫が謝ると、妻の方は夫に鋭い目を向けた。
「何が妻なのよ!あんたの口から言われる筋合い、ないから!」
宇京や左夜宇、はるあきの三人が見ているにも関わらず、夫婦喧嘩が始まった。
すると、家の中にいた子供らしき少年が出てきて、
「うちの親が、ご迷惑おかけしました。宿がないんでしたら、家に泊まってください」
と、一番丁寧に家の中に三人を招いた。
夫婦喧嘩最中だった二人は、恥ずかしそうにようやく喧嘩をやめた。
「お前の親は仲が悪いな」
宇京は断り無く物申す。
少年もため息をつきながら、こくんと頷いた。
「私は、|禄富《ろくと》といいます。父は|千賀《せんが》。母は|古夏《こなつ》です。」
「禄富か。なかなか清い子だな。いずれ我みたいな偉大な者になるぞ」
はるあきも、うんうんと勝手に何かを納得して頷いた。
そんなことはさておき、左夜宇は一番の疑問点に入る。
「禄富さん、何故、千賀さんと古夏さんは喧嘩しておられるのですか?」
「それが…」
話すのも呆れるように、苦笑いをして禄富は口を開いた。
それは今日の夕方のこと。
千賀のある自己中心的な発言をきっかけに、事が起こった。
「この味噌汁、味が薄いな…具も少ないし」
そして発言を聞いた瞬間、古夏は身を乗り出して、畳をものすごい勢いで叩いた。
「ろくに働きもしないで、出世を諦めたあんたに、そんなこという権利ないわ!」
「な、何だと!このぉ!誰のおかげだと思ってるんだ!」
子供ながらに禄富は、味噌汁の味が薄いと思っていながらも、言わずにいた。
古夏が一生懸命作っているのを知っていたからだ。
また、その具が少ないことも言わずにいた。
千賀が一生懸命、仕事に追われるのを知っていたからだ。
そんなお互いの自己中心的な言動に呆れていると、突然、両親の目線がこっちめがけて責めてくる。
「禄富、私が言ってること、正しいわよね?お母さんの味噌汁美味しいでしょ?」
「禄富、俺の言ってることの方が合ってるだろ?もっと具を入れろって言ってもいいんだぞ!」
(また始まった)
人は自分が正しいと味方につけたがる。つまり多数派の方が正しいと思いがちなのだ。
そんな事より、子供を味方に付けて何になると、またも呆れるしかない。
そして禄富は二人の顔を交互に見、答えを言うのかと思いきや、再び箸をすすめた。
結局、夕方から数時間後の今まで、ずっとこのことで喧嘩をしていたのだ。
流石に笑うこともできない様子の左夜宇とはるあきを憚って、宇京が先に口を開いた。
「何、しょうもないことで争ってんだよ」
宇京の正論に沈黙が走る。
その間も両者は睨み合っている。
すると、この喧嘩のきっかけを作ったとも言える千賀が、口を開いた。
「はぁ、俺が悪かった。もう具が少ねえなんて言わねえよ」
この言葉に、古夏は千賀への視線を緩めて言った。
「私こそ、ごめんよ。あんたに文句つけて…」
ようやく仲直りしたようだ。
そもそも、きっかけが幼稚すぎて、呆れることも通り越して無になっていた禄富であった。
翌日、宇京たちは、わざわざ朝ご飯を振る舞ってもらった。
まあ、昨夜あんな事があったのだからお詫びに違いない。
朝ご飯は、白飯にたくあん、フキという質素な物だったが十分だ。
宇京が部屋から出て、居間に行くと、早速やかましい声が聞こえて来る。
「このフキ、もっと美味しく味付けしたらどうだ!」
「あんたの好みなんか知らないよ!」
怒り任せに立ち上がって睨み合っているのは、千賀と古夏だ。
奥には静かに禄富が朝ご飯を食べている。
・・・
「もう、朝からうっせぇな!また喧嘩か?」
居間の外から一喝した宇京の声に、千賀と古夏はきまり悪そうに黙った。
「ちょっと、宇京。朝ご飯を振る舞っていただいてるんですから…」
「いや宇京、よう言うた!」
結局しーんとした朝ごはんになってしまったが。
朝ご飯を終えると、三人は播磨国に向かって足をすすめた。
見送りには三人家族が出る。
喧嘩するほど仲がいい。
案外、そんな家族なのかもしれないと、宇京は自分の家族を思い出した。
思えば、喧嘩をさらけ出せるほど、親しみやすい人たちだ。
恐らく左夜宇もはるあきもこの気持ちはわからないのだろう。
三人は今日も、播磨国に近づいていくのだった。
なんか千賀と古夏、かわいい…
本当に親子か…?禄富君、