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灯-第八章-〜灯の見える場所〜
第8章:灯の見える場所
団体名は「灯(ともり)プロジェクト」と名付けられた。
彰人の残した“ひかり”と、蓮が描いた物語の“火”——それらをつなぐ意味を込めて、陽菜自身が選んだ名前だった。
悠が事務局を手伝い、施設側とも調整を進めながら、陽菜は代表として奔走した。
活動記録の作成、助成金の申請、協力者探し——わからないことだらけだったが、不思議と怖くはなかった。
もう、ひとりではなかったからだ。
■子どもたちの準備
3月末、「灯プロジェクト」最初のイベント——**『わたしの物語展』**の開催が決定した。
場所は地元の図書館の小ホール。
子どもたちが自分の手で描いた絵、言葉、そして物語を展示する。
プロジェクトが目指していた「自分のストーリーを見つける場」だった。
準備が始まると、子どもたちはそれぞれのやり方で作品に向き合った。
「うちの猫を主人公にする!」「好きな色だけで描いてみる!」
——そして蓮もまた、静かに、自分の物語の続きを描いていた。
■蓮の告白
ある日、陽菜が蓮の原稿を覗くと、そこに描かれていたのは――
「ひかりの人が、いなくなったあとも、ぼくは歩いた。
途中で、いろんな大人に出会った。
でも、本当に火をくれたのは、“ひとりの女の人”だった。」
「……これ、私のこと?」
蓮は、言いにくそうに、でもどこか安心したように頷いた。
「彰人先生がいなくなったとき、世界が全部まっくらになった。
あのとき、怒ったり泣いたりできたらよかったのに……できなくて。」
「……うん。」
「でも、陽菜さんが来てくれて……それでもう一度、“物語”が描けると思った。
火がついた、って感じ。」
陽菜は、何も言えなかった。
言葉よりも、涙が先に頬を伝った。
失った人と、出会えた人。
その両方が、蓮の中に生きていた。
■静かな手紙
展覧会の直前、蓮が陽菜に一枚の紙を差し出した。
「……彰人先生に、手紙を書いた。」
「読む?」
蓮は首を振った。
「まだ、出せない。でも、描いたんだ。気持ち。」
陽菜は、その紙をそっと受け取った。
封は閉じられていた。開く気にはなれなかった。
「……じゃあ、会場のどこかに置こうか。誰にも読まれない場所に。」
蓮は、少しだけ微笑んだ。
■物語展、開幕
春の光が差し込む日曜日、
『わたしの物語展』は静かに始まった。
小さなスペースに並ぶ、子どもたちの絵や文章。
ぎこちない線、綴りの間違い、余白の多いページ——けれど、それはどれも“生きてきた証”だった。
蓮の物語は、会場の奥に飾られた。
大人たちが立ち止まり、読んで、時に静かに目を閉じた。
彼の名前は伏せられていた。
でも、見た人の心には、確かに届いていた。
■そして、未来へ
イベント終了後、陽菜は会場の片隅で、彰人の写真をポケットから取り出した。
小さな額に入れたその写真を、展示の片隅にそっと立てた。
「あなたの見たかった“灯”が、今ここにあります。」
すると、蓮が後ろからやってきて、封筒を持って言った。
「……今なら、読んでもいい気がする。」
陽菜は受け取った封筒をそっと開いた。
そこには、まっすぐな字で、こう書かれていた。
彰人先生へ
いなくなっても、いなくなったって思ってなかった。
だけど、火がついたとき、「ありがとう」って言いたくなった。
今は、ちょっとだけ、さびしくない。
だから、また描くよ。
ぼくの話。
いつか、それを誰かに渡せるように。
陽菜は微笑んだ。
それは、確かに未来に向かう言葉だった。