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3.人間、子供に名前をつけ、知らぬ間に魔物に恐れられる
この世界……正確に言うとこの星……つまりオーレリア。
地球くらいの大きさの星。
プレートはもちろんあって、地面はわずかながら動いている。
3つに巨大な大陸があり、海の面積は表面積の半分くらいだ。
また、2つの巨大な大陸は近いところにあるが、1つは離れたところにある。
そして、美玲が立っているのは、離れたところにある大陸。
全体的には縦長なこの大陸には、北東の方に巨大な山あり、その周りに少し小さな山がある。
だが、それ以外は多少の凹凸しかない。
そして、その大陸のほぼどまんなか。
腰ほどまでの高さの草原が広がっているその場所には、一体の魔物の死体と、その前に佇(たたず)む人間……そして、その手には一匹の魔物がいた。
そして、その周りの草原に隠れている魔物、森にいる魔物は、その人間の気配をしっかりと感じ取っていた。
——一体この魔力量は何なんだ!?
——初めて見る個体が空から落ちてきて|あ《・》|い《・》|つ《・》を倒しただと!?
——その前に、あの個体は落ちたのに無事だぞ!?
——今確か|あ《・》|い《・》|つ《・》が卵を産んでから10日経ったよな? 卵が生まれている頃じゃあ…… 欲しいなぁ……
——あーあ、|あ《・》|れ《・》の卵、狙っていたのにな…… 食べたら最強になれただろうに…… だが返り討ちに合いたくはねえなぁ……
——あの死体、魔力たくさん詰まっているもんな。食べてえ、だが……あの個体、一体何者だ?
ここにいる魔物たちの思考は一致していた。
魔物の死体は食べたい、卵も欲しい。だが、よく分からん個体がいるせいで行きたくない。
ただ、それだけだった。
もちろん、そんな魔物たちが、ライバルを少しでも減らそうと殺し合いをしたとかしなかったとか……
さて、そんなことは露ほども知らない美玲である。
美玲は、拾った子供の魔物に名前を付けているところだった。
美玲が子供に魔物を拾うことにしたのには理由がある。
それは、そのこの子供の魔物は美玲が置いていこうとすると、ついてきてしまうし、母親なら相手からの信頼があるため、スキル:意思疎通 を成長させることが出来るのではないかと考えたからである。魔物にも効果があるのかは分からないが。
拾った魔物の姿は、まだ子供だからどんな風になるのかは分からないが、母親の姿のように育つと思えば……美玲はそう考えるが、体は潰れていて全く分からない。
美玲は、今のこの魔物を参考に名前を決めるしかなかった。
「うーん……色は……緑? みたいな? いや、これで名前をつけるのもなぁ。難しいに決まってるじゃん!
じゃあ……あ、そう言えば私、この子の性別が分からないんだった」
美玲は、今更ながらにその事実に気がついた。
「それなら男の子でも女の子でも問題ないような名前かぁ。
ひかる……みずき……かなた……ひなた……駄目だ、カタカナにすると違和感がある……
ってあれ? そもそも何でカタカナの名前をつけようとしたんだろう? 今、ここで生きている人間は私だけ。それなのに私が日本風の名前をつけることに何か問題がある?」
ない。
というか美玲も気づいたように、何でカタカナの名前をつけようと勝手に思っているのか、そちらのほうが問題だろう。
「じゃあ……ひなたでいこうかな。漢字は……日向(ひなた)これだったら男の子も女の子も無いだろうしね」
「くくくっ!」
日向も喜んでくれたみたいだ。
「さあて、昼ごはんでも食べようかな。日向は何を食べるんだろう?」
日向はインベントリから食料を取り出そうとして……
「あ、ダメダメ。日向がいるから忘れていたけれど、ここ、臭いんだった。死体からちょっと離れることが出来たから忘れていたよ」
臭さをそんなに簡単に忘れられるか? 忘れられないと思うのだが……
だが、実際に臭さを忘れていた美玲は、かなり臭いに順応的なのだろう……
「どこかにいい場所無いかなぁ?
あ、そうだ。『浮遊』!」
美玲は少しだけ浮き上がった。……1mほど。
「え? あまり期待していなかったけど、しょぼすぎない? これ、どれくらいレベルを上げたら自由に動けるようになるんだろう?」
そんなことをぼやきつつ、美玲は死体の上に乗り立つことが出来た。
「よし。右側に川がある。あそこまで行こーっと。ほら日向、行くよ」
美玲は偶然にもだいたい北の方を見て、この発言をしていた。
……まあ偶然ではなく、もうすぐ12時で、太陽の南中が近かったために南を見ると眩しいという、ただそれだけなのだが。
そんなわけで、美玲は川へと歩き出すことにした。
その間には森があって、魔物がいたが……
——とうとう死体から離れたぞ!
——おい、こっちに来んな!
——ひぇー、何でこっちに来るんだよ! 避けていかなきゃ行けねえからしたいに行くまでに時間がかかってしまうだろうが!
——今だ! 急げ!
——あの死体からあふれる魔力は俺のもんだ!
もちろん美玲がやってきた途端、他の場所へと移動して、死体の方へと慌てて向かっていくのだった。
「あ、しまった。形見とかあったほうが良かったかな? ……まあいいか」
美玲はそんなことに気づいたが、気が付かなかったことにした。
美玲は森を川へと向けて、ただ真っ直ぐ歩いていく。
魔物には襲われない、快適な旅のはず……だが。
「なんで魔物の死体……いや骨が転がっているの? 邪魔だなぁ」
魔物たちがライバルを減らそうとして行った殺し合い。その残骸は骨となって残っていた。
「っていうか、こんなに死体があるのに何で生きている魔物に会わないんだろう? 何か異変でも森に起こっているのかな?」
そういうわけではない。
というか原因は|こいつ《美玲》だ。
いや、美玲が現れたことを異変と言うならば、これは異変が起こったとみなしてもいいだろう。
「よーし、ついたぁ」
美玲はようやく、川の方へとたどり着くことが出来た。
季節は多分日本と同じ春。花が咲いていることもあり、癒されることもあったが、疲れが大きい。
だが、美玲はここに来てようやくインベントリから食料を取り出すことが出来た。
中身はおにぎりにパンに野菜サラダにカレーにパスタにラーメンに餃子などだった……
「料理はあまりしたことがないからこれは嬉しいけれど、これだと日向が食べるものがないなぁ」
ただ、あの体格から肉食かなという検討を勝手につけていたので、ステーキを選び、少しだけ分けて上げることにした。もちろん、おにぎりも美玲の手元にはある。
「ごちそうさまでした! 日向もちゃんと食べれたし……ミルクとかが必要無くて本当に良かった……それなら次は……」
美玲は少し考え込む。
「人間が住んでいた遺跡を目指してみよう!」
美玲の次の行動は決まった。
さすが昼食後。元気が有り余っている美玲なのであった。