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#4:中間に位置、担当医師
「ここなのよね。」
「そう、ここだよ。」
到着したのは、入り組んだあの特別保安局本部を抜けた先にあった建物。
ソレイユいわく、局員の住処らしい。
「殺し屋とかそういう人って、いかにも!な廃墟とかビルとかに住んでるけどさ、僕らのところは綺麗だよ!電気ガス水道、働いてる限りタダ。」
「タダ!?」
「あとこれ僕の給料明細!」
「他人に見せるものじゃないから、それ!」
顔を背けても、彼は私の目の前にその紙切れを持ってくる。
「だから、見せびらかすものじゃない……って。」
その額に、目が釘付けになってしまう。
「すごいでしょー、新米の僕でもコレだよ!?死んだ後は局に返還されるんだけどね。だから使わないと損だよ。」
「だからこんなに高額なのね。危険手当ってやつ?」
「そうなのかも。」
ソレイユはポケットに紙切れをしまう。
私はまたソレイユの腕に掴まって歩き出した。
高級感のあるエレベーターに乗り込む。滑らかに上へと箱が動いていき、また滑らかに扉が開く。
さほどエレベーターから遠くない部屋だった。
「えっとね、君の部屋はここ。」
他の部屋にあった金色のプレートには、住人の名前だと思われるものが貼られてあった。この部屋にはプレートはついていない。後々、私の名前が彫られたものが設置されるのだろう。
「合鍵はねー、さっき渡されたはず。あった。これだよ。」
薄いカードを手渡された。
「かざしてみて。」
電子音。それが聞こえたすぐ後に、ガチャリと鍵が開いた音がした。
ドアノブを引く。
清潔感のある室内が見えた。
「キッチンに、リビングに、トイレに、お風呂場。まあ、大体の設備はあるよ。」
2人で室内を歩き回る。
どれもピカピカだった。
これなら日々の暮らしには困らないだろう。
「これが、タダ。」
タダより怖いものはない。恐るべし、特別保安局。
「さて、もう夕方だね。君が起きたのがお昼過ぎだから。どうする?ちなみに亜里沙はまだ病院に泊まるよ。今必要じゃない荷物を置きにきただけだからね。」
ソレイユは大量の荷物を机の上に置きながら言った。
「あ、先生に会いに行こう。」
「先生って?」
「亜里沙の手術をした人。この時間なら食堂にいるはず。自炊は……してるかな?」
靴を履き直した。
どうやらオートロックのようで、緑色に点灯していたランプが勝手に赤色に変わった。
引っ張ってもドアは開かない。
「鍵、無くさないようにしてね。僕は局員証ケースに入れてるよ。亜里沙も、明日受け取りに行こうね!」
表札を眺めながら、ぼうっとエレベーターに乗り込んで、先ほどコマンダーから説明を受けた建物の一階に戻ってきた。
遠くから話し声が聞こえる。
歩くほどにその声たちは近づいてくる。
窓ガラスからうっすら見える椅子、椅子、椅子。そして人。
扉の前まで来たソレイユは私に渡したカードキーと似たものを取り出す。近くのリーダーに当てた。
「カードキーか局員証で開くようになってるんだ。肌身離さず持ってないと。僕らの身分証明書代わりだし。……あっ、いた!ちょうど良かった。せんせー!」
ソレイユが駆け寄って行ったその先にいたのは。
「あ、ソレイユさん。……ダメじゃないですか、彼女を置き去りにしたら。」
「あ。」
棒立ちになっていた私を見て、口を半開きにしたソレイユ。頭をかきながらこちらに戻ってきた。
座っていたその人が、箸を置いた。一つにまとめられている、濃い紫色の髪が揺れた。
「|堂本《どうもと》です。一応、亜里沙さん……あなたの担当医師です。」
女性にしては少し低い、穏やかな声。
アメジスト色の瞳が、こちらに向けられる。
「た、高木亜里沙です。よろしくお願いします。」
「今、資料持ってましたっけ……ああ、ありました。これが明日から亜里沙さんが飲むお薬の一覧です。」
ホチキスで止められたその資料には、錠剤の写真がプリントされていた。
「これ、全部飲むんですか。」
「義足手術、|うち《特別保安局》でしか行っていないものですからね。特殊な薬での後処理も必要なんですよ。もちろん、今日の夜も飲みます。」
「……が、頑張れー。先生の出す薬、苦いらしいけど。」
「嫌になるようなこと言わないでよ。」
「大丈夫ですよ。慣れますって、そのうち。」
「否定しないんですね、苦いってこと。」
微笑んだその顔は、ありえないほど整っていた。
「事実ですからね。じゃあ、失礼します。もうすぐミーティングの時間なので。」
お盆を持って、その人は返却口であろう場所へと去っていった。
「やけに背が高いのね、先生って。モデルか何かみたい。」
座っていたから分からなかったが、私よりずっと高かった。10cmは確実に高い。……私の身長だって低いわけではないのだが。
「でしょ。モデルになれそうだよね。美人だよねぇ。女の人によく間違えられるらしいよ。」
「え?」
女性にしては、低い声と高い身長。
「ま、まさか……。」
「先生は男の人だよ。|堂本《どうもと》|渉《わたる》、28歳。うちで研修を受けて早々に病院内で信頼を置かれるようになったんだってね。カッコいいよね!」
脳が処理出来ない。
「そんなに衝撃だった?ほら、病室に帰るよ。ご飯食べて、早く寝ないと。明日からはリハビリも始まるんだからね。」
まだ先ほどの事実をよく理解できないまま、私は病室に戻った。