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雨の教室
夏真っ只中、窓の外ではしとしとと雨が降り続けていた。
放課後の文芸部の部室には、雨の音だけが静かに響いている。
そんな静寂の中、数学のノートを開いてふたりきりで向かい合って座っていた。
相変わらず文芸部にまともに通う生徒などいない。
ノートには私と先生の返事でページが埋まっていく。
先生は小さな黒板の方を見つめながら、ふっと小さな笑みを浮かべた。
その笑みはどこか儚く、そして冷たさも含んでいるように感じられた。
「君のような人には、僕のような人間は見えないだろうと思っていた」
先生の言葉はいつも私の胸を鋭く刺していく。
先生の言葉の奥には、深い痛みと孤独が隠れているのが伝わってくる。
私それを感じ取りながらも、何も言い返せなかった。今日もまた、1人で心で返すしかできない。
先生は視線を教室の天井へ向け、ため息をひとつついた。
「どんなに遠くを見つめても、答えなんて見つからないんだ」
瀬野先生の声は静かで、どこか虚無的だった。その言葉の中に、いつも答えを探し続けているけれど、心の奥底ではその答えが永遠に見つからないことを知っている。
そんな焦燥感が滲んでいた。
その言葉に胸が締めつけられる思いだった。
先生が抱えているものはきっと、自分が思っていた以上に深く重くて黒いものなのだと実感した。
「ね、先生。先生ってなんで先生になったの」
「そうだね。…俺もよくわかんないや」
「……強いていうなら。…誰かの記憶に残りたかったから。証を残すため、じゃないかな」
「なら…私に十分残っちゃったから先生の夢叶ったね」
「何言ってんだよ」
雨音が教室の中に穏やかに響き渡り、二人の間には言葉にできない沈黙が流れた。
だけど、確かに感じていた。この静かな空間の中で、先生が少しだけ心を開いてくれたことを。
「そう言えば先生って数学教師なのに、文芸部の顧問なんだね」
「高校の時文芸部だったからな。小中はサッカーやってたし、理系の部活の顧問は合ってない」
「ふーん、そうなんだ」
どこか諦めたように笑う先生は危うくて美しい。
それはまだほんの小さな一歩だったけど、確かな何かが動き始めている気がした。