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天ノ子 肆
ヘッドホンから洋楽が流れ、飛行機の音なんか聞こえない穏やかな時間を過ごしている。隣では死神がぐったりと寝ている。死神なのに。余程ソファーの居心地が良いのだろう。俺だって思う。久しぶりの飛行機がまさかファーストクラスになるなんて。
家を出る前に条おじさんが飛行機を予約したと言ってくれたので乗ると、キャビンアテンダントに「五十嵐様の息子様はファーストクラスです。」と言ってきたのだ。死神は初めてだったのか凄く興奮していた。食事は豪華、ソファーは快適、テレビも見放題。いわゆる人をダメにするやつだ。飛行機で北海道までは約2時間半。それまですることがなく、持ってきたヘッドホンで音楽を聴いていた。目を瞑って、想像する。俺がもし死神だったらどうするだろうか。人の魂を迷うことなく取ってしまうのだろうか。それとも俺は死神じゃなくて天使とかだったら...?そう考えているといつの間にか死神は起きていて窓をすり抜けた。
「はっ死神⁈」
窓から死神は覗いて言った。
「大丈夫。飛べるしこんなの死神だったら当たり前。」
そう言って死神は飛行機と共に空を泳ぐように飛び始めた。人にバレたらどうするんだと思っていたが、死神なので普通の時以外は見えないのかと思う。でも、それならどうして俺は見えているのだようか。名前がない晴天の色は美しく飛ぶ死神と相性が合っている。まるで死神は死神ではない美しい天使のような存在に見えた。俺と真逆のよう。俺はゆっくりとソファーにもたれながら死神の飛ぶ姿を眺めな、一時を楽しんだ。
「ゆたしくうにげーさびら!」
沖縄では初めまして、お見知りおきくださいという意味の言葉を簡単に死神は言う。俺たちはまずホテルに向かった。ハルクラニ沖縄という海を望むシックなリゾートだ。死神はまたもやテンションが高い。受付にてヴィラという部屋に向かった。
「ひろー⁈」
「これホテルじゃないだろ。」
普通の家ぐらいの広さの部屋は爽やかで贅沢だ。荷物を端に置き、死神を連れて海に出た。
「夜空もいいけど海も綺麗だね。」
「今は昼だけど、一番は夕方が綺麗かな。」
死神は長い裾を持ち上げ、海に足を入れた。
「気持ちー、って言ったって感覚は分からないけど。」
少し寂しそうにチャプチャプとと遊んでいた。すると一気に顔に水が掛かった。なめるとしょっぱい。
「ブハッ、おい掛けただろ!」
「えへへ、だって圭は全然遊んでないじゃん。私は感覚ないからせめて圭が味わって!」
その瞬間俺の胸はときめいた気がした。ドキッと一瞬感じたことない何かだ芽生えたような。俺は両手を胸に当てた。死神といると調子がおかしくなる。普段星を見て、本を読んで、いつ死んでもいいぐらいつまらない生活を送っていたはずなのに、死神が来てから少しこの世界が楽しくなった。まだ知られていないものを見つけたくなった。よくわからないがこの事はそっとしておこう。
「圭、ありがとね!夜旅を許してくれて、私が知らなかった景色に連れて行ってくれて!」
そう言われると、俺は自然と笑顔になった。
それからは砂の城を作ったり海の中を探索して、お昼になるとソーキそばを食べ、3時にはちんすこうを買って食べ、街を歩き、夜まで沖縄を満喫した。
「あっという間だったね。」
眩しい夕焼けを海が反射し、誰もが見とれる茜色の空を見ながら死神は言う。「そうだね、でも本番はここからだ。」と俺は返した。死神は笑顔になったのか、フードからちらり見える微笑んだ口が見えた。柔らかく自然なその微笑みは死神ではない、天使だった。夕焼け空がその微笑みを引き立て、死神は美しくほのかに輝いた。
夜の11時、辺りは暗く、ホテルの光以外は皆真っ暗。しかし、真っ暗が引き立たせる星々が満点の空に浮かんでいた。家よりもさらに星が見えていて、都会では絶対に見ることのできない絶景だ。紺色や薄い紫や青紫やら、夜空は沢山の色に包まれて、俺を魅了していた。思わず声の出てしまう程の星の輝きと夜空の色は海が反射して、まるで宇宙に居るかのようだった。
「綺麗…五十嵐家から見える夜空と全然違う。なんていうか、その…言葉に言い表せないな。」
「言い表せなくていいよ。それぐらい美しいってことだから。」
「…そうかもしれない。この夜空は…あの人と同じ目の色をしていて、あの人のような優しく、輝く姿をしている。」
「あの人って?」
「あの人はね、昔よく仲良くしてくれていたんだ。顔も、声も、名前も覚えてる。大好きだったな。…けど、あの人は突然姿を消した。原因は分からないけど、この世界にいる。」
きっと…ではなく?確実にこの世界にいるのは分かっているのだろうか。それにしても《《あの人》》の瞳がこの空と同じなら、とても綺麗な人なのだろう。それならその人が羨ましい。俺みたいな汚い人間じゃない、逆の立場の人はきっとこの世界を好きなのだろう。
「あの人の名前はね…」
死神が言おうとした瞬間、空から死神と同じく白いフードを被った男がやってきた。クリーム色のさらさらなショートヘアにエメラルド色の瞳、《《あの人》》ではない。誰だ…?死神は男を見て震え怯えて俺を抱きしめた。小さな声で「怖い…どうしてここがわかったの…」と呟いた。
「やっと見つけたよ、愛しい織斗。君を探して何日かかったと思ってるの?」
男は死神を見て笑顔を見せた。