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渡
あれから少し経った。
誰も居ない街を歩き回り、特に何も見つけなかった。
だが、俺は気づいた。
腹が空かないこと。
太陽も月も歪んだ姿で見えること。
水中なのに温かいこと。
静かで、静かで、静かなこと。
海底から見ても、空は素敵だということ。
目が覚めると、そこには彼女がいた。
まだ寝ていたから、その時を待った。
「ぉはよう…。」
たった数日会わないだけでも、懐かしいと感じた。
「おはよう。」
少し素っ気ない返事を返した。
数秒間、天井を見つめていた。
その後こちらを向き、少し申し訳なさそうな顔をした。
「そういえば、知らなかったよね…。」
「ごめんね…記憶が無いって聞いて、直ぐに言っちゃうと耐えられないんじゃないかなって。」
「ああ、でももう状況は分かってる。」
彼女はそれを聞き、こう返した。
「多分、ピアノのおじさんでしょ?」
「正解。」
「あの人ねぇ…。私もちょっとお世話になったから、知ってる。…それに、あの人が言ってる事ちょっと違うの。」
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彼女が言うには、黄泉の国…天国は実際に空にあるらしく、良い死者はそちらに送られる。
「此処は地獄。」
そう言った時の顔がまだ忘れられない。
喜びと幸福感以外の全ての感情が混ざったように、切なく歪んでいた。
此処は生前に何かしらの罪を犯した人間が送られる場所であり、自殺や心中をした人達も送られる。
人によってはお盆の迎えも無し。
ピアノのおっさんに会った時の顔も、ようやく理解した。
今、またあの丘で夕日を二人で見ている。
「綺麗だよねぇ。」
彼女の声と赤い夕日、現世よりも輪郭が不安定。
でもそれが、今の俺の心境と合ってる気がして、それがまた不気味で、結局安らぐ。
隣に座る彼女の顔を見ると、この場所を勧めた理由がよく分かる。
こんなにも不思議な感情は、此処以外では味わえない。
「さてと、じゃあ…帰りますかね。」
誰かに帰りを急かされるのは久しぶりだ。