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**揺れる心**
七瀬と別れたあと、柚子月はしばらく駅前のベンチに腰を下ろした。
人の波が行き交う中で、自分だけが取り残されたような気がして、息を吸うことさえ難しかった。
(私……何を信じればいいの?)
七瀬の言葉は、冷静で理路整然としていた。
感情的な嫉妬ではなかったからこそ、余計に深く胸に刺さる。
蓮が誰かの期待に応えすぎること。
物語に“本当”が出てしまうこと。
それらは、柚子月が彼と過ごす中でうっすら感じていた部分でもあった。
帰り道、スマホを握ったまま、何度も蓮にメッセージを書こうとしては消した。
(私、弱いな……)
家に着く頃には、空はすっかり暮れていた。
部屋に入ると、机の上には以前蓮がくれた短編の冊子が置いてある。
文庫本サイズの、白地に淡い紫陽花が描かれた表紙。
ページをめくる。
物語の中の主人公は、“柚月”という名前の少女。
その彼女は、不器用な青年と出会い、季節を越えて、恋をする。
読み進めるほどに、そこに書かれているのは`“現実の二人”`だった。
ぎこちなくて、優しくて、でもどこか臆病な恋の描写。
何より、ページの片隅に小さく記された一行が、心を突いた。
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「過去に縛られるのは怖いけど、未来に賭けるのは、もっと勇気がいる。」
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まるで、自分への問いかけのようだった。
(蓮くん……)
スマホを開いて、ようやくひとつだけ、メッセージを送った。
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「明日、会って話せる?」
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返事は、すぐに届いた。
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「もちろん。僕も話したいことがある。」
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胸の中に残っていた不安は、すぐには消えない。
けれど今は、彼と向き合うことを選びたいと思った。
それは怖さではなく、信じたい気持ちに変わり始めていた。
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次回「告白の夜」
柚子月と蓮が静かな夜の中で、お互いの気持ちを本音で語り合う。