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〖盲目の愛憎〗
※今更ですが、はっきりとした流血表現があります
足音の先に、頭部がなく赤いペンキと葉っぱにまみれた人の裸体のような人型がいた。
人型は真っ白な手袋に布巾のようなものを持ってないはずの瞳でこちらを捉えた。
隣のモデルのような顔立ちをした可愛らしい青年がたじろぎ、友人と思わしき少年と共に自分の背中の後ろに隠れた。
白兎は未だ、足元で鼻を鳴らしては耳をぴんと立てたままだった。
「......どちらさまですか?」
腰に吊った黒く硬い銃器に手を伸ばしながら口を開いた先の言葉に耳を疑うほかなかった。
「そう怒らないでくれ、僕は鏡の手入れをしに来ただけだ。
鏡は子供のように手間がかかるだろう?愛しく美しい子が穢れのない温室で育つように、よく磨かれた鏡も手間を加えるほど美しく輝く。それこそ、我が子を育てるように」
「...鏡が、人形の子だってこと?」 (イト)
「流石にそんなことないだろ」 (ミチル)
青年と少年の会話に背を向けて、黙って足を開いて腰の銃器を掴み、両手でしっかりと持ち例の人型の胸元に標準を合わせたままグリップをしてトリガーに指をかける。
それを見たのか、慌てるように白い手を動かして動きを静止した。
「待て、待て、待て...僕はそういう役者じゃない!君には瞳があるだろう?!
何が善で、何が悪か、しっかりと判断がつくだろ?!」
往生際の悪い人の、弁明のようだった。一発、威嚇射撃として足元を撃ってみる。
そうすれば大袈裟に跳び上がり、存在しない瞳をつり上げて怒鳴ってくる。
「やめろ!!これだから異物は嫌なんだ!国そのものが勝手に呼んで、望んでもいないのに舞台を引っ掻き回す!女王様が割れてご乱心だってのに、招かれた〖アリス〗は使い物にならないわ、猫は学ばないわ、踏んだり蹴ったりなんだよ!
三月兎は反省をせずにそうすべきとでもあるように鏡に穢れを与えて、中々戻りやしない!庭園の迷宮は片側が手入れできずに女王様を美しく飾れないし、永遠と続く逢わせ鏡の先も辿れない!」
どこから出ているのかも分からない怒号が続いた。
銃口の標準を合わせて、警告を口にする。業務柄、勝手に撃つと報告書を書かねばならない。
着弾点を踏みつけて怒りを露にするそれの胸元に数発、続けざまに撃ってみる。
次に両脚へニ発、肩に一発。弾切れを起こした銃器をエマージェンシーリロードと名前のついた普段、そう滅多に使わないやり方で装填をする。
装填が終わった後に落ちるようにしてそれが倒れる。散った葉っぱが手袋を赤く染めるペンキに浸けられて、赤を拡げていった。
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初めてきた時より、長く長く感じる庭園。
それが一つのけじめのように歩く度、足から責任を感じとる。
その責任がやがて、歓喜に変わり、重々しい愛へと変化した。
奥から薔薇の茂みを通り越して陽気な音楽と神々しい光が抜け、目の前に華やかな数羽のクジャクと対比した真っ暗なカラスが大量に黄色い歓声をクジャク達へ向けていた。
「なんですか?これ...」 (結衣)
クジャク達が結衣の言葉に視線をやった。カラスも追うように結衣へ視線を動かすものの、一羽のカラスだけがクジャク達を長々と見つめていた。
「......やけに、見つめてるねぇ」
「ですね、まるで_」 (リリ)
そのカラスの黒い瞳が熱を帯び、艶やかな視線がクジャク達の一羽に向けられていたが、クジャクの瞳は結衣やリリ、ダイナへと向けられていた。
カラスがそれに気づいたのかぐるりとこちらを見て、熱を帯びた瞳に怒りを滲ませ、黒くなった口の中が見えるほど口を大きく開き、怒号を発した。
「_恋焦がれているようです」 (リリ)
怒号が風に流れながら、カラスの後ろでクジャクについて話すカラス達がいた。
その内容を聞いた怒ったカラスが怒りの矛先をそちらへ向けるのはとても早かった。
「あの、▩▤いいよね!超カッコいい!!」
「私、▦▥が好き!もう愛してる!」
二羽が各々話終わった瞬間、例のカラスが二羽の内の一羽の頭に嘴を激しく突いた。
執拗なまでに激しく突き、突かれたカラスの頂点から青く獣臭い液体が流れていたが、数分後にぐちゃりと何か柔らかいものが潰れる音がした。
その頭から嘴を抜いて、今度はもう一羽のカラスの目玉に嘴を突き刺し、思い切り抜く。
目の前の惨状にクジャクが奥の〖アリス〗へ助けを求めた。
結衣は動こうとしたが、先にリリが動き目玉を咀嚼するカラスを止めようとして、かえって嘴が腕に突き刺さった。
直後にカラスは羽をばたつかせ、青と赤の液体の混じった嘴を開いた。
「▩▤も▦▥も、私だけのものなのよ!
▩▤は美しい羽をばたつかせ、▦▥は優雅に踊るのよ?!その美しさは私だけが知っていればいいの!
私が一番知っているし、私が一番愛しているし、何より、私が一番愛されてるのよ!!
アンタ達なんて女王の破片集めの駒みたいなものでしょ?!そんなぽっと出の奴に彼等の良さが分からないに決まってる!分かるはずがない!!」
そう強く宣言する。それに他のカラスの内の小柄な一羽が業を煮やしたように睨みつけて、羽でそのカラスの顔をはたき中が淡い桃色の口を開いた。
「貴女が一番、▩▤と▦▥愛されてる?!勘違いも甚だしい!!
貴女みたいな醜女が愛されてるわけない!それに、▩▤と▦▥は皆を愛してる!貴女だけ愛してるなんてあり得ない!」
そう制したカラスの隣で似たようなカラスが、
「そうよ!皆_いや、彼らは本当は私を愛してるのよ!分かるでしょう、この_」
その場にいた全羽に鋭く尖った爪で身体の羽や肉をむしられた。
クジャクに向けた愛を怒りや悲しみ、憎しみに変え、全てを赤と青に染まったカラスへ向けていた。
二羽の全く同じクジャクはステージの下で繰り広げられる惨状に目を伏せ、逃げるように〖アリス〗へ足を進めた。近くで二匹の白兎が困ったように鏡逢わせて、形をなくした。
形をなくした内にできた鏡の破片を結衣が拾う頃に、クジャクは既に結衣の前にいた。
遠くで繰り広げられる喧騒は、気づいていないようだった。
「喧嘩ってのは、同じレベルの奴等でしか発生しないのさ。
あの醜く黒い鳥たちはそんなことも分からない。せいぜい、足掻いてるといい。
お互いに誇張した見栄の愛情を見せびらかして、偶像崇拝とでも言うべき仮面に踊らされる。これほどまでに楽な単細胞はいないね。
しかし、いがみ合って、誰も彼も否定して拒絶した先には何が待つのだろうね?」
そうクジャクが挨拶の前に言い訳じみた言葉を話した。続けて、
「偶像崇拝されるものは人によって変わるが、崇拝するものの本質はあまり変わらない。
僕達のように公で絶大な人気を誇るものも、関心のない他者からはそれは同じに見える。
君はどうだい?〖アリス〗。君は、僕をどう見る?」
「......いえ、その...貴方を、よく知らないのでどうにも...」 (結衣)
話が強制力をもって終了させられる。クジャクが少し驚いたような顔をするも、すぐに笑い出し、後ろのきらびやかな羽を外してクジャクの頭を脱いだ先に遠方のカラスと全く同じ姿が現れる。
「...よく知らないにしろ...これなら、どう?全く同じだろう?だからね、本質は変わらない。
結局ね、僕...僕らはカラスが見栄を張るように人気の皮を被って自分を晒しているだけだ。しかし、〖アリス〗は本物の本質を見るのだろうね。
ああ、許されるのなら...君になりたい。隣の君も本物なんだろう」
羨ましげにそう腕が治りつつあるリリを見た。
遠くのカラスは誰もが手を挙げ始めていた。
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庭園の中で食事会が開かれている。
見たこともない多様な食材がそこに置かれているだけで、そこには誰もいない。
凪と光流が席に座り、置かれた食材に目を通した。
メインはソゾウの象肉とニワトリの唐揚げ。脇にイエローアイススネークの黄色く渦巻き状のアイス。そしてノロスライムの薄い緑っぽい飲み物があった。
「...食べるのかい?」
チャシャ猫がほかにも広がる食材のテーブルに飛び乗って二人が食べ終わるまでただ、待っていた。
「奇妙な味ですね」 (凪)
「そうかな...そうかも」 (光流)
舌の上でどれも艶っぽい舌触りと塩のような味がした。肉もアイスも飲み物も皆同じ味がした。
いやでも食べなければいけない気がして、食んで舌で押し込み、喉へ通し続けた。
目の前で待つ猫は何も言わず、退屈そうに欠伸をして時が過ぎるのを待った。
やがて、全てを食べきった頃に食器に何か顔のようなものが浮かんだ。
メインの大皿には子供の落書きのような顔のソゾウとやけにリアルなニワトリ。カップのような食器には渦巻いた黄色い蛇のようなイエローアイススネーク。コップには薄緑のゲル状のノロスライム。
全員がこちらをじっと見つめてどこにあるかも分からない口で、
「命の味は、美味しかったですか?」
そう、問いかけた。その言葉が終わると溶けていくように消え、跡形もなく姿を消した。
光流が生唾を呑み込んだ後に嫌そうな顔をした。
凪はかえって吐きそうになっていたが、誰も止めるものはいなかった。
何故、食べたのかも分からないのだ。
「...まぁ......犬も猫も、どうせ...同じ味がするんだ」
猫がそう言った後にいやらしく笑って、
「しかし、人もそれは同じかな?」
空いた席の唐揚げを一つ齧った。
誰も何も言わなかった。
白兎は、もう満ち足りていた。