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〔 隠世 〕
赤い提灯の灯る部屋の中で頭に角の生えた屈強な男性と、身体中に茶色い毛が生え、一つ目の猿ようなものが腕相撲をして争っていた。
二匹の周りには銀髪の従者らしい女が使え、酒の入った盃が減れば減るほど注ぎ足していった。
「時に、|覺《さとり》。ここは確かに良い場所だが、銀髪が多いな。
それに餓者髑髏であったり、悪魔であったり、狸だったり……まぁ、何たる妖怪の血を引く者が多いことよ」
「そりゃ…そういう風に育てられたからじゃないのか?」
「へぇ、人が品種改良でもされたと?」
「これは…その、鬼がそんなことを言い出すとは思わなかった」
「全て読めてるくせにか」
「…鬼のは読めん。如何せん、もののけの血が多すぎる……数千年前からいるようなものを下っ端の妖怪が手を出すか?」
「ああ、ああ……言われてみれば。恐ろしいものか?」
「そうだな。そこら辺の人間や付喪神とはわけが違う。恐ろしいものと言えば、神宮の寺家の子と厄介な青二才だ」
「ふむ……狐と、あれか」
「邪が多過ぎるんだ、仮にあれらが森に入ってきたとて純粋に信用して返す気はないね」
「覺ですら毛嫌いするあれには一体何があるやら…」
鬼と呼ばれた角の生えた男は盃の酒を勢いよく口につけた。その拍子に溢れた酒が服を濡らし、酔いが回ったか上機嫌な様子で捲し立てる。
覺は黙って従者に目を合わせ、従者が出ていくように指示をした。
銀髪の従者の数名が出ていき、覺もようやく鬼の時点へ目を合わせた。
「しかし、我ながら人間を抱くなどよくやったものだ。いくら餌欲しさとはいえ狐も物好きじゃないか?」
「ああ……接待を受けられるといえど、易易と種を撒くものではないな。すぐに死ぬからいいものの、お前のような嫁がいる鬼には難しい話だったろうに」
「それは…言わない話だろ」
「聞いていない」
「…覺も偉くなったもんだ…」
「山に憑いている妖怪はそんなものだろう。鬼も覺も結局のところ、人間の恐怖が創り出したものだ。空想の一部でしかない。」
「そんな空想を我々は生きているわけだが…」
「何もかも不思議こそを我々のせいにして、恐怖で縛った空想の中で?
冗談じゃない、それなら神も妖怪も同じことよ」
「……こちらの存在について考えると、どうにも頭が痛くなってくる。何か、別の話をしないか?」
鬼がそう机に足をかけてわざとらしく飽きを見せると覺は笑って話題を投げる。
盃にもう酒は入っていなかった。
「それなら、こんな話はどうだ?狐は巫女が途絶える、もしくは適任がいないと神宮の寺以外を喰らうらしい。
中でも、狐の術の霧に迷うような阿呆を好むらしい…前に読んだが、早速呼んだらしいぞ」
「へぇ…それで腹は足りたのか?」
「まさか!百年も眠るような奴だぞ、一人の一部だけで足りるわけがない。
どうせ、そこら辺の人の夢にでもかけて喰うさ」
「夢…というと、あの無尽蔵な愛の人間を思い起こすな。村を出ていたか?」
「ああ…双子の内の一人を連れて、他で娘を一人産んだようだが…やはり捨てられて強い想い故に夢へ囚われたままだ。次期に死ぬだろうさ」
「良い気味だ」
鬼が愉快そうに笑って銀髪の従者を呼んだ。
噂されていた餌は何をするでもなく盃に酒を注ぎ、邪魔にならないように後ろへ下がった。
死人に口無しというのは生贄を誘う餌にも適用されるらしい。