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#2:謎の青年
今回はグロ要素なし。
「ふんふふふん♪ふんふふふん♪」
誰かの、鼻歌。
正直に言って、下手くそだった。音程がズレている。これはきっとチューリップ。童謡の、チューリップ。
……うん?意識がある。生きてる。
「はっ!?イ、イッテー!」
「あ、起きたんですね!おはようございます!」
こんなところで寝てる場合じゃない。早く支度しないと、仕事に遅れる。つまり、毎日の生活費でカツカツな私の懐事情がかなり厳しくなる。
飛び起き、なかった。正確に言えば、飛び起きることは出来なかった。猛烈な痛み。私の左足を貫く、痛み。
「そうだ、左足!え、治ってる!?」
布団をひっぺがす。
私の左足の傷口はない。つま先までキチンとある。良かった。夢だったのか。しかし、夢ならなぜ病室のような場所にいるのだろうか。
「治ってませんよ、君の足。」
「治ってるだろ、どう見ても。……あれ、いたの!?」
私は先程まで、誰かの鼻歌を聞いていたではないか。顔が熱くなるのが分かった。
「ごめんなさい。私、ちょっと乱暴な言い方でした。」
「大丈夫ですよ!平気です。僕のことは気にしないでください。」
彼は無邪気な笑顔を見せながら、植木鉢の花に水をやっている。植えられている花はチューリップではなかった。
というか誰だ、この人。
サラサラ、ツヤツヤ。照明を反射する水色の髪に、輝く太陽を思わせる橙色の瞳。そんな容姿を持った青年が、そこに立っていた。
「やっぱり、治ってますよね。私の左足。」
「よく見てください。線があるでしょう?」
「線?」
青年が私のふくらはぎを指さす。そこに、うっすらと灰色の線が引いてあった。
指でなぞると、窪んでいるのが分かった。
「義足なんです。」
「義足?これが?」
左足の指を動かしてみる。まだズキズキするが、動く。触り心地も人間の肌だ。灰色の線以外は。
「まあ、君が眠っている間に『先生』に頼んで神経とその義足を繋げましたからね。」
「神経と義足を繋げた、って。現代の義足って、こんなに進化していたんですか?」
また足の指を動かす。線をなぞる。詳しく見てみると、少しだけ肌の色が違うように思えた。あったはずのほくろもない。やはり、青年が言う通り義足なのだろうか。
「まあ、うちのファクトリーだけですけどね。こんなに良い義足を作れるの。」
「ファクトリー?あと、あの化け物は何なんですか!私、足喰われたんですよ!?ああ、あと仕事も行かなきゃだし、ホテル代もパーですよ!」
どうしよう。ここはおそらく病院。医療費やらこの質のいい義足代やらでお金が飛んでいってしまう。借金生活、義足生活、ぼっち生活。水商売だけはやりたくない。
私の人生、終わりだ。生きていける気がしない。
「お仕事は連絡を入れましたよ。たぶんクビだと思いますけど。あ、ホテルもキャンセルしておきました。ちなみにあなたが襲われた時の記憶、1週間前ですよ。」
1週間も昏睡していたのか。
「ああ、あの仕事給料も良くてやる気も出る方だったのに。どうしてくれるんですか!」
一週間前なら、もう挽回は無理だろう。リハビリやら何やら、いろいろあることもある。社会復帰するのはまだ後だ。その間の生活費はもちろんない。
「僕と、うちで働きましょう。」
「……は?」
病院で、働く?いや、看護師とか医者の免許を持っているわけでもないし。雑用係か?
「あ、さっきの質問答えてませんよね?もう一度聞きます。」
息を一度吸う。そしてまくし立てる。
「あの化け物、だから何なんですか!この義足の技術は?病院代とかどうすればいいんですか?ここで働くってどういうこと!?あと、あんた誰!ここどこ!」
「パニックにならないでくださいよ!おっと、最後の2つの質問は、さっと答えられるので答えちゃいますね。」
青年は私の目をしっかりと見て、ぺこりとお辞儀をした。
「ここは特別保安局。あの化け物を討伐する組織です。詳しく言えば、保安局内の病院ですね。」
「とくべつほあんきょく、ねぇ。聞いたことないわ。」
「僕はソレイユです。一応、あなたを助けた人ですよ。あ、人じゃなかった。」
彼、もといソレイユはサラリと言った。とても重要で、信じられないことを。
「何が何だか分からなくて怖すぎる……。」
「詳しくはコマンダー、僕たちの上司が説明してくれますよ!はい、つかまってください。」
「やめろ、恥ずかしいから!」
これは俗に言う、お姫様抱っこの姿勢だろう。嫌だ。この状態で病室の外に出るなどできない。恥ずかしすぎる。
「でも、君は歩けませんよね?おんぶの方が良いですか?」
「はぁ。別に良いです、この方が楽なら。」
「じゃあ、行きましょうか。司令室に。」
全て説明してもらわないと気が済まない。コマンダーとやらに、根掘り葉掘り訊くのだ。生活費も工面しなくては。
頬を軽く叩いて、私は病室のドアを睨みつけた。