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7.電子の鎖
すず
誠がハサミを持つ琴音の腕を必死に掴む。
「逃げろ、奏! 外へ出ろ!」
背後で「誠さん、痛いわよ」という母の冷ややかな声と、肉を切るような嫌な音が響いた。
「ぐあああッ!」
誠の叫びが部屋に響いた。琴音が手にした裁ちばさみが、誠の肩を深く切り裂いたのだ。
鮮血が白い絨毯を赤く染めていく。
「誠さん、動くと切り口が歪んでしまうわ。綺麗に直してあげるって言ったでしょう?」
琴音は返り血を浴びてもなお、慈愛に満ちた聖母のような微笑みを崩さない。
その異様な光景に、クローゼットから飛び出した奏は、恐怖を怒りで塗りつぶした。
「やめろぉぉッ!」
奏は近くにあった重厚な真鍮の置物を掴み、母へと投げつけた。
不意を突かれた琴音の側頭部にそれが当たり、彼女の身体がよろめく。
「……奏ちゃん。お母さんに、そんな乱暴なことをするなんて」
一瞬、琴音の瞳から光が消え、般若のような形相が覗く。その隙を逃さず、誠は奏の手を強く引いた。
「走れ、奏! 二度と振り返るな!」
二人は血を流しながらも、重い扉を蹴破り、迷路のような廊下を駆け抜けた。背後からは、
「コツ……コツ……」という、執念深い足音が確実に迫ってくる。
ようやく辿り着いた出口の重い鉄扉。それをこじ開けた先には、冷たい夜風と、茂る森が広がっていた。
「父さん、車だ! あのバンの鍵、持ってるんだろ!?」
奏は、自分を攫ってきたであろう白いバンを指さした。誠は震える手でポケットからキーを取り出し、エンジンをかける。背後の館の玄関口には、ハサミを握りしめたまま、微動だにせずこちらを見つめる琴音の影があった。
「さよなら、母さん……!」
タイヤが砂利を跳ね上げ、バンは夜の闇へと滑り出した。バックミラーに映る母の姿が小さくなっていく。
数分後、背後の館から真っ赤な火の手が上がった。
「……掃除の火だわ。証拠を、全部消すつもりなんだ」
誠が力なく呟く。
「でも、僕たちは生きてる。ねえ、父さん」
奏は父の傷だらけの手を握った。
こうして、高瀬奏の「幸福な監禁」は、燃え盛る炎と共に一度幕を閉じた。
……しかし、奏は気づいていなかった。
館が崩れ落ちる直前、炎の中に立つ母が、満足げに自分のスマートフォンを操作していたことを。
そして、その画面には『奏:現在地追跡中』という文字が、冷たく光っていたことを――。
すみません公開してしまいましたがこの7話で終わりにします