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言葉のお菓子屋
駅から少し離れた路地裏にひっそりと構えるその店は、ハロウィンの一夜だけ開店し、言葉とお菓子を交換するお店。
今宵、あなただけの言葉を最高のお菓子に。
今年のハロウィンは土曜日だからか、日がしっかり沈み込んだ夜でも駅前には、ピエロやドラキュラなどの仮装をした人たちで溢れかえっていた。
休日出勤を終えてきた身としては、静かな平和な夜を迎えたかった。
駅前の喧騒から逃げるように裏路地に飛び込んだ私は、一つの店に目を奪われた。わ
店を囲む板の塀には蔦が絡まり、見たこともないような花あをところどころに咲かせていた。
その店には『言葉のお菓子屋』と言う看板がかかっていた。
店頭に飾られたカボチャのランプには不気味さはなく、こちらに満面の笑みを浮かべているように感じた。
OPEN と書かれたカードが店前のカボチャのランプに掛けられているのを見て、私はドアに手をかけた。
ドアを開けると、両脇に、びっしりと本が詰まった本棚と、人一人が通れるくらいの廊下が奥へ続いていた。夥しい量の洋書が並び、見たこともないような、綺麗な色をしたお菓子のようなものが小瓶に詰められ、飾られている。廊下を進むと、木製のカウンターが現れ、その奥に店主らしき男性がにこりと微笑んでいた。
「ハッピーハロウィン。貴女だけの美しい言葉と、とっておきのお菓子を交換しませんか?」と口にした店主は、年齢不詳という言葉がよく似合う。千年以上生きていると言われても納得してしまいそうな、他の人にはない独特な、引力のようなものをもっていた。
「私だけの美しい言葉というのは具体的にはどのようなものですか?」と聞いた私に、店主はまた、口角をぐっとあげるような微笑みを浮かべながら、
「先ほどいらっしゃったお客様は、夕暮れ時に浮かぶカボチャスープの香り、とおっしゃっておりました。貴女が思う美しい言葉なら、どのようなものでも構いません。私がその言葉に見合う、とっておきのお菓子を見繕いますよ。」
ハロウィンの日限定のイベントのようなものなのか。自分が思う、一番美しい言葉って何なのだろうか。社会人になってから本を読む機会がめっきりなくなってしまったためか、自分の持ち合わせる語彙に美しいものがあるのか不安になってくる。「気負わずとも、本当にちょっとした、日々のいいなと思う気持ちを言葉にしていただければいいのです。」と話す彼は、いつまでも待つと私に語りかけてくるようだった。
美しい言葉…そう聞くと、心の中にたった一つ、浮かぶ言葉がある。
何かの小説にあったような、この言葉だけは心に留めておこうと思ったもの。
「朝日に照らされたカボチャのランプは、昨夜の、子どもたちの笑顔を映している」
何の変哲もないような言葉だけれど、何かその時の自分の胸に響くものがあった。
小説に書いてあったものでは、私だけの言葉ではないのかもしれないが、今の私が思う美しい言葉は、これしかないと思った。
私の言葉を聞いた瞬間、店主は手のひらに収まるくらいの小瓶を両手で包み込むようにして、「確かに受け取りました」と言った。
数秒ほど経つと小瓶の中にはオレンジと緑の混ざった、いかにもハロウィンっぽいキャンディが3つ入っていた。
キャンディが入った小瓶を手にして私は店を出る。出かけに店主の「また、来年。」と言う声が聞こえた。
振り向くと、ドアにはclosedのカードが掛かっていた。
小瓶に入っているキャンディは、甘いような、暖かく感じるような、そんな味がした。
いかにもカボチャの色味をしているくせにカボチャの味は少したりとも感じなかった。
今までに食べたことのない、不思議な味がするキャンディだった。